第106話 出産
実家との確執もあって、私は里帰り出産を選ばなかったのだが、居住地でゆっくりできるかといえばそうでもなかった。
子どもの誕生日と名前は新聞の地方欄で割れている。
当時も家の電話番号は電話帳には掲載していなかったのだが、なぜかじゃんじゃん家に電話がかかったきたのだ。
地元の引き出物などを扱う店舗から、特にしつこく。
それまで付き合いもない店舗で、店舗名を聞いても常に睡眠の足りていない頭にはぴんとはこなかった。
「どのようなご用件で?」
あまり大きな声を出すと赤ん坊が起きて泣き出すので、静かに対応。
出産祝いはたくさん貰ったのか、そのお祝い返しをうちでしろ、若い者はそういうしきたりを知らないだろうからうちで仕切ってやる、というような話をしだした。
「え?なんでそちらで?」
ああ、なんか古い商店街の中にそんな店舗があった気がするなあと思いだしたが、睡眠を中断されてイライラしてくる。
そんな空気が伝わるのか、赤ん坊も眠りが浅くなって動き出す。
夫に任せていますからと切り上げようとすると
「若い者なんかにできない。うちに任せるのが一番、間違いない。あんたたち、よそから来て常識も知らないだろう。」
というようなことまで言われた記憶がある。
名字からよそ者とわかってかけてきたのだろう。
そんな店舗にお任せすることなんぞない。失礼過ぎる。
赤ん坊が泣きだして電話を切ったが、しばらくむかむか。
その店舗はそんな調子で、お祝い返しの受注が欲しいからか、数か月電話をかけ続けてきた。
もちろん毎回上から目線で。
日中一人で育児をしていて、睡眠時間が惜しい、電話してくるなと告げてもだ。
断り続けていても、他の店を選んだのかと憤りだして迷惑極まりなかった。
そこに仕事を頼む義理もなければ、こちらがどうしようと知らせる必要もない。
電話をかけてくる度に好感度と購買意欲が下がった。当然である。
今もその店舗の前を通ると腹が立つ。
出産後にこんな電話以外にも、避妊具の訪問販売のおばあさんが来たことがある。
地域さえ判明していたら、近所の人が「赤ちゃんいるの、あの家よ」と教えてしまうんだろう。番地なんか不明でも郵便物が届くくらいの田舎だからか。
体が本当に休まらなかった。
今は新聞掲載しないと希望すれば赤ん坊の情報は掲載されず、そんな電話や訪問者とは縁もないかもしれない。
だが、うっかり誰かが漏らしたら、砲撃を受けるかもしれない。
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