かけつける召使い



「その靴、そんなに気に入りました?」


「それはもうもちろん。私、スニーカーなんて滅多に履かないので履き心地も良いですし」


 早速俺が買ったスニーカーに履き替えたひとつさんは上機嫌に、まるでステップを踏むように人のまばらなショッピングモールの通路を跳び回っている。


 先程までひとつさんが履いていた革靴は、入れ替わる形で箱に収められ今は俺が荷物を持っているのだが……。


 近くで見て改めてわかったが、この革靴多分値段とんでもない額の物だ。なんかもう触り心地とか素材とか何もかも違う感じするもん。

 傷でもつけてしまったら本当に腹を切る以外に俺に出来ることが無いかもしれない。そう考えるとちょっとだけ足取りが重くなる。


「すごいわねスニーカーって。靴だけでこんなに動きやすさが変わるなんて。今までのも悪くはなかったけれど動きづらかったもの」


「革靴だってカッコよくて俺は好きですけどね。というか、動きづらかったなら今まで履き替えたりしなかったんですか?」


「なんで?」


「なんでって、動きづらかったんですよね?スニーカーだって持ってない訳では無いでしょうし」


 そうねぇ、と指でこめかみを撫でながら。ひとつさんはかなり真面目に深く考え込み始めてしまった。そんなに難しい質問だっただろうか?


「確かに持ってはいたけれど、誰も望まなかったからかしら」


「望まなかった?」


「そのままの意味よ。私がスニーカーを履いてる姿なんて誰も望んでなかったのよ」


 走幅跳でもするように、軽く助走をつけてから跳んだ彼女の体がちょうど俺の目の前に着地する。


 着地の衝撃を流すために屈んだ体勢から、彼女は俺を見上げながら話を続ける。


「数多星のお嬢様である私に怪我をさせたら、って。体育の授業では割れ物みたいな扱いをされて嫌だったから私の方からあまり出ないようにしてたし、数多星の人間としてスニーカーを履いて人前に出る機会なんてなかったもの」


 だからって革靴とかが嫌いなわけじゃないけどね、と言って彼女は指先でスニーカーの側面をなでた。


「軽いわね、スニーカーって。私好きよ」


 あまりに当たり前のことだけれど、それが彼女にとっては新鮮で目新しい特別なんだ。


 そういう些細な俺達の違いを知ることは、きっと良い事なはずだ。


「今日はこれからどうしますか?」


「ゲームセンターというのにも寄って、もっと色々とやりたいことはあるんですが……」


 ひとつさんはスマホの画面は眺めて時間を確認する。

 それから遠くを眺めて一つ大きな溜息を吐いた。俺もつられてそっちを見るとひとつさんの溜息の理由がわかった。そもそも、基本的に表情に変化のない彼女が感情をわかりやすく見せるのは、


 彼女にとって身内と呼べる人間、その前ではほんの少しだけ表情がわかりやすくなる。喜怒哀楽がはっきりする、というのは少し違う。溜息が増えるのだ。



「お嬢様。別に外出するなと言ってるわけではないのですからちゃんと連絡をしてください」


「連絡ならしたじゃない。デートに行ってくるって」


「行先も時間も言わずそれっきり。お嬢様を護るようにい唯一様に託された私はもう気が気では……」


「じゃあそれなんですか蜂麓さん」


 結構大事そうな話をしていた蜂麓さんとひとつさんだったけれど、さすがに口を挟まずにはいられなかった。


 陽光の煌めきを持つひとつさんとは対照的な、濡れた鴉の羽のような黒い煌めきを持つ髪の毛。絵本から飛び出してきたようないかにも『メイドさん』と言った服装。

 元々蜂麓さんは良く目立つ容姿をしているが、それに加えて何故か巨大なくまのぬいぐるみを抱きしめていた。


 ファンシーな外見とは合わない髑髏柄のおどろおどろしいリボンを付けた変なくまのぬいぐるみは、以前ここのゲームセンターのUFOキャッチャーで見かけた気がする。


「これはデスくまシリーズよ。可愛いですよね。私のお気に入りなんです」


「ゲーセンで遊んでませんでした?」


「いいえ。ここで待っていれば確実にお嬢様が来ると考えての合理的な判断ですが?」


 そうやって、ポケットから駄菓子を取り出して食べる蜂麓さん。一体どの口で言ってるんだろう。


「お嬢様も小さいころから大好きですよね、デスくまシリーズ。昔はこれを抱かないと眠れなくて……」


「昔の話でしょう。というか今それいう必要ないわよね」


 俺の横にいたひとつさんがさらに大きなため息を一つ吐く。主であるひとつさんがこの様子なのによくこの人クビにならないよな。


「それはそれとしてお嬢様。今日はこの後ご予定があるのはわかっていますよね?」


「はぁ……そうね。すっぽかしてしまいたいけれど、うん。仕方ないわね。ごめんなさいさだめくん。今日はここで解散みたい」


 時刻は午後5時くらい。

 帰るにはちょうど良い時間でもあるだろうし、俺としてもプレゼントを買い合って恋人っぽいこともできたし、満足はした。


「ひとつさん、今日のデート楽しかったですか?」


「ならよかったですよ。正直マジでつまんなかったらどうしようってずっと考えてたんで」


「さだめくん、もっと自分に自信持った方がいいわよ。とても面白いもの、貴方」


 そうして俺に微笑みかけたひとつさんの体が、不自然に揺れた。



「ひとつさん……っ!?」



 次の瞬間、ひとつさんの体が突然倒れる。

 受け止めようと俺が走り出すよりも先に、ぬいぐるみを放り投げて駆け寄ってきた蜂麓さんがその体を抱き留め事なきを得た。


「ふぅ、危ない危ない」


「蜂麓さん、ひとつさんはどうしたんですか?」


「突然で驚きましたよね。実は、まだ貴方に言ってないお嬢様の秘密があるんです」


「秘密……?」


 人こそ多くないがそれでもまばらに人はいる。

 突然倒れたひとつさんを見て周囲の人はざわめき、かと言って心配というよりは興味といった様子で一歩引いて俺たちの方を見ている。

 その視線を受ける中でも、ひるむことなく意識を失ったひとつさんを背負い、俺に一つの事実を告げる。


「ひとつさんは、何か病気が?」


「ええ。まぁそんなものね。実はお嬢様は……」



 言い淀む、と言うよりはもったいぶるような。そんな間の空き方だった。





「どこでも寝れるのよ」


「すいません真面目にお願いします」






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