たったふたつのプレゼント


「それで、4つがダメなら5つならいいかしら?」


「なんで増えるんですか。こんな高い代物悪いですよ」


「高い……これは高いのね。じゃあこっちの1万のやつ10個なら?」


「値段が変わってない!」


「数は増えたわよ。お得ね」


「そんな玉ねぎお得パックみたいな感覚で買うものじゃないですよ靴は!?」


 このままでは俺は初デートで女の子に10万払わせた男になってしまい、芦屋のことを呼び捨て出来ないカス野郎になってしまう。


「そんな遠慮しないで。このくらい私からすれば大した出費じゃないもの」


「いや、それでも……」


「私が買ってあげたいのよ」


 ひとつさんは置いてあった靴を手に取って、大事そうに抱きかかえてしまった。取り上げようとしたが、猫のように威嚇されてしまう。


 困ったな。確かに俺はその靴を買って貰えたら嬉しいけれど……


「こんな高いものをひとつさんに買わせるわけにはいかない、と言いたいのね?」


「心読むの禁止にしませんか?」


「じゃあそんな読みやすい顔するのやめてちょうだい」


 ひとつさん以外に心を読まれた覚えはあんまりないんだけどなぁ。


「買わせるわけにはいかないって、別に私の財布はこれくらいじゃ痛まないわよ」


「でも悪いじゃないですか」


「悪い……?」


 本気で何を言っているかわからない、とでも言いたげな顔だった。


「高校生にとって10万円は大金ですし……」


「……嫌なのかしら?」


「そういう訳じゃないんですけど……」


「私の周りの人達は、高価で相手が望む品を送ればみんな喜んだし、みんなそれを望んでいた。だから、そうすればさだめくんも喜ぶと思ったのだけれど」


 失敗しちゃったわね、と。

 そういう彼女の顔は、少しだけ悲しそうに見えた。


 ひとつさんだって何も俺を困らせたくてこういうことを言っているのではない。

 本当に俺とは住む世界も常識も違う存在で、その彼女が一生懸命考えた俺を喜ばせる方法がこれだったのだろう。


 別に愛は金で買えないとかそんなことが言いたい訳では無いのだ。

 お金が云々、愛が云々語れるほどそういうものに詳しくないし。第一、愛というものはそこまで高尚なものという程でもないだろう。


 想いとは金で買えてしまうし、物で揺らいでしまうこともある。

 ひとつさんは容姿や言動、運動能力や学力、社会的地位。そういった異性にアピールする為のモノとしてお金を持っているだけ。

 お金を使うから、彼女の気持ちが下卑たものになるなんて、そんなことあるわけが無い。


 だからこそどうしたものか。

 上手く説明できないのだが、彼女にこんな高い買い物をさせるのはやっぱり間違ってる気もするし……。


「……そうだ!ひとつさんが俺に靴買ってくれるなら、俺もひとつさんに靴を買います」


「靴……?いや、私は靴は沢山持ってるから」


「今日歩くの辛そうだったし、車移動を控えて歩くならやっぱ歩きやすいスニーカーとか、そういうものを買っておきませんか?」


「まぁ、確かに運動靴はあまり持ってないわね」


「なら俺が買ってあげます。ひとつさんがいいなって思った靴を1組買いますから、ひとつさんも俺に買うのは1組だけにしてください」


 一方的に貰うのではなく、プレゼント交換みたいな感じにすれば良いのではないだろうか?

 そう思って提案してみたが、ひとつさんは首を傾げるばかり。


 これは俺の自己満足なんだ。

 彼女が俺の為を思ってしてくれていることを、俺がなんだか嫌という理由だけで拒否してしまっている。


 でも、やっぱり女の子にだけ買わせるなんて情けないし。せっかくだから俺だってかっこいいところを見せたい。


「そう、ね。じゃあこの黒いやつにして欲しいわ」


「あ、それなら同じようなデザインのやつありましたし、俺もそっちにしましょうかね」


「ペアルック、にしたいってことかしら」


「まぁせっかくですし。嫌ですか?」


「いいえ。嬉しいわ。……うん、すごく嬉しい」


 納得して貰えて一安心。

 そう思って見た彼女の横顔を、一筋の涙が濡らしていることに気がついた。


「え、あ、すいません!やっぱ嫌でしたか!?何が嫌でした!?」


「きゅ、急にどうしたのそんな大声出して?」


「だってひとつさん、泣いてるじゃないですか」


「私が?……あら、本当ね」


「本当ねって、泣くほどのことがあったんじゃないんですか?」


「私、泣いたことないのよ」


 そんなバカなと言いたいところだが、今日までのひとつさんの無表情っぷりを見てるとあながち嘘とも言いきれない。


「ねぇ、私なんで泣いてると思う?」


「嬉しいと思ってるからとか、何か昔のことを思い出して、とか?」


「多分そうね。昔を思い出したのかもしれないわ」


 これといって可愛らしいデザインという訳でもない、彼女の足のサイズにあった小さな黒い靴を眺めながら、ポツポツと口を開く。


「私の両親は、私が小さい頃に事故で亡くなったの。正直どんな人だったかも覚えてないくらい昔にね」


 なんてことなく、日常会話と変わらない声色で。彼女はその過去を語っていた。


「でも一つだけ、覚えていることがあったの。子供向けにしてはちょっと大人っぽすぎる気がする、可愛いキャラとかの描かれていない普通の靴。両親からプレゼントされたそれが今どこにあるのか、ふと気になったのよ」


 具体的な年数は分からないが、語りぐさから10年以上昔のことである感じはする。

 ならきっと、その靴は当人が大事に保管してないのならもうとっくに処分されてしまっているだろう。


「この靴も、10年後にふと思い出してどこに行ったんだろうって、そんな風に思うのってなんだか悲しくないかしら?」


「悲しい、かもしれませんね。それは」


 モノが絡む思い出が、そのモノの老朽化と紛失によって一緒に消えてしまうような、そんな寂しさ。

 泣くほどのことだろうか、とも思ってしまうかもしれないが、これが彼女なのだ。


 何も感じていないように見えて、こういうことに涙を流す繊細な人なんだ。むしろ、繊細だからこそ彼女は表情を殆ど変えないのかもしれない。


 表情が人の心に与える影響というものを、どこかで恐れてしまって。


「……さすがに大事に使っても10年はキツイですからね。じゃあこうしましょう。お互い靴がボロボロになったら、また靴をプレゼントする。そうすれば、10年後でもきっと悲しくないですよ。思い出とかも、一緒に受け継がれていくはずです」


「それ、どういう意味かわかってるの?」


「え?」


「だってそれ、10年後までプレゼントし合うって、それまでずっと私と一緒にいてくれるって、それって……」


 …………。

 まぁ、確かに。ちょっと恥ずかしいセリフだったかもしれないけれど。


 それって、出会って即告白してきて一日で祖父に俺を紹介したひとつさんが言えることなのか?


「……さだめくんは普段は声も小さいし、内気で卑屈なのに」


「否定はしませんけど……」


「なのに、こういう時ばかり。私だって色々考えてたのに。ずるいわ」



 何でもかんでも俺の前を進んでしまうような豪快な人かと思っていたけれど。

 ひとつさんは案外攻められると弱いのかもしれない。そんなことを俺は、この靴を見る度にこれからも思い出すのだろうか。


 そうなってくれたら嬉しい。

 そうすれば俺は、きっとこれを恋と呼ぶことが出来るのだから。

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