たったひとつのお買い物
「ふぅ……ふぅ、着いた、着いたわね」
「お疲れ様です。すいません、こんな遠かったなんて思ってなくて」
「いえ、歩くと言ったのは私よ。そもそも、一緒に歩くことも含めてデートなのだから……ふぅ」
「お茶、いりますか?」
「ふふふ……ありがとう。ただのお茶がこんなにも魅力的に見えるなんて、世界の見方なんて些細なことで変わるものなのね。世界が美しい……」
なんだか詩的なことを言ってるけれど、ひとつさんは完全にグロッキーになってしまって結局、着くまでにかかった時間は一時間ほど。
「今度また来ることがあったらさすがに車で来ましょうね」
「私との二人きりの道のりは楽しくなかった?」
「楽しかったですけれど、これ続けてたら先にひとつさんが死ぬ気がします」
「……今度から車移動は控えようかしら」
「そこまでして歩きたいんですか?」
「そこまでしてでも、またやりたいくらいには楽しい時間だったもの」
こういう事をさらっと言ってしまえる人間だから、心臓に悪い。
自分の発言に恥ずかしいことなんてない、という自信が垣間見えるような気がする。実際は表情一つ変えずに言ってくるので本心は不明であるが。
「それにしても、これがショッピングモールね……」
「何か意外なことでも?」
「人が少ないわね」
「事実ですけど大きい声で言うのやめましょう」
都会とも田舎とも言いきれない微妙な街の、微妙な立地の小さなショッピングモール。しかも平日の午後と来たらあんまり人がいないのは仕方ないだろう。
それでも、この街では貴重な娯楽施設なのでそれなりに人はいると思ったのだが、ひとつさんの感覚からしたらこれは少ないに入るらしい。
「まぁ、少ない方が回りやすいでしょう。どこか行きたいところあります?」
「さだめくんが行きたいところに行きたいわ」
「それ楽しいんですか?」
「運命の人の行きたいところよ?私が辿り着くべき場所でしょう?」
「詩的なこと言って雰囲気出せば俺が納得すると思ってません?」
「違うの?」
「違わないですけどね?」
ひとつさん、やっぱり小さい頃から礼儀とかをしつけられてきたからか一挙一動が様になっていて、そんな綺麗な所作でなんだか小難しい事を言われると不思議な説得力が出てきてしまう。
あと俺がシンプルに押しに弱い。他人の意見を否定するのって苦手なんだよな。
「じゃあ……スポーツ用品店行っていいですか?」
「ランニング用の靴でも見るんですか?」
「よくわかりましたね。ランニングが趣味って言ってましたっけ?」
「運命の人だもの。知ってることは何でも知ってるわ。……そう、知ってることはなんでも、ね?」
いや怖いって。
感情が分からないのも相まってこういうこと言われるとなんだか深い意味が籠ってそうになるんだよ。
小心者の俺は普通にビビってしまうので、出来ればなんで知ってるのかとか教えて欲しい。
「でもなんでもは知らないのよ?だからこそこうしてさだめくんの好きな場所に来たんだもの」
「ほんとかなぁ。実はもう俺の家族構成とかも知ってない?」
「それは知ってるわ」
「なんで知ってるの!?」
教えてないし先生以外うちの学校で俺の家族構成知ってるやつなんていないはずなのに。
さてはあの人俺の情報売ったなと、担任の
あの人ものぐさでいい加減なところあるからなぁ。転校生のひとつさんが知り合いの俺のことをもっと知っておきたい、とか言ったらホイホイ教えちゃいそうな気もする。
いや教えないで欲しいんだけどね?一応個人情報だし。
「それはさておき」
「さておいていいのかなぁ」
「さておきよ。早くスポーツ用品店行きましょう」
さぁさぁとひとつさんは割と強い力で俺の背中を押してくる。なんかはぐらかされてる気がするし、何よりこれってデートって言っていいんだろうか?
「これ、俺の買い物にひとつさんが付いてくるだけでデートにならないんじゃ……」
「私達は運命の人同士よ?世間の常識的なデート観に当て嵌めて物事を考えてはいけないわ」
「それも、そうなのかなぁ?じゃあこっちです」
「……一度言おうと思ってたけれど、さだめくんってなんというか、結構柔軟よね」
「え?」
「端的に言うと割と無茶振りしても納得してくれそう」
「それ都合が良いってことですか?」
「いえ、心配してるのよ。悪い人に騙されて丸め込まれそうで」
多分それはひとつさんのせいなんだよな。
彼女は何もかも未知で、俺は彼女について知らないことが多い。だから、俺の常識に沿って考えるだけ無駄だなぁって思うのだ。
とは言え誰にだってそんな態度をとる訳では無い。
ひとつさんは基本的に俺の不利益になるようなことはしないはずだと信頼してのことだ。
「ひとつさんの言うことなら、きっと俺に悪いことはないって、なんとなく信じられるので」
「これを私が言うのもアレだけれど、私ってまださだめくんと出会って三日目よね?そんなに信頼して貰えるなんて」
「まぁ運命の人らしいので、その辺はお互い様と言うやつですよ」
「……そう。なら仕方ないわね。お互い運命の人なんだもの」
そう口にしたひとつさんの声は、なんだかいつもよりも低い声だったような気がした。
何か機嫌を損ねるようなことを言ってしまったのだろうか?そう思いながらも口に出せず、スポーツ用品店に入って適当に靴を眺めながら彼女の横顔をチラチラと確認する。
ひとつさんは俺に見られているのも気にせず、並べられた靴達をじっと見つめている。
その目は少し細められ、なんとなく俺を見定めて来ていた時の唯一さんの面影がある。
「さだめくん、この中に欲しい靴とかある?」
「え、まぁ……これですかね?」
正直靴はいつも安くていい感じそうなのを探してるので好みとかないのだが、お互いの好みを知る、という目的のあるこのデート。
なんとなく色味が好きな靴を指差して見たが、偶然にも2万円近くする靴を指差してしまった。
「色とかは好きですけど、バイトとかしてないんでこういう高いのは買えませんけどね」
「わかったわ」
「何がです?」
「すいません店員さん、これを4つくださ」
「待って待ってストップ!」
店員さんが気付く前に慌ててその声を遮ったが、ひとつさんは理由がわからないと不機嫌そうに俺を見つめてくる。
「気にしないで。私が買ってあげたいと思ったの」
「ダメですって!8万しますよ!?」
「安い買い物ね」
そうだこの人大企業の社長の孫娘だ!俺とは金銭感覚が根底から違うのだ。
「というか、なんで4つ?」
「普段使い用、予備、そして私の機嫌が良いから2つ追加」
「機嫌良かったんですか!?」
「かなり良いわ」
そう言いながらひとつさんは再び僅かに目を細める。それ、機嫌が良い表情だったんだ。
確かに言われてみればいつもより楽しげに笑ってるようにも見えなくもない気がしなくもないが、てっきり俺の言葉はお気に召さなかったのかと思ったのだが……。
金銭感覚と言い、やはりひとつさんのことはまだまだ分からないことだらけだ。
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