たったひとつのふたりみち



「ショッピングモールって何があるのかしらね」


「んー、スポーツ用品店、本屋、服屋、色々ありますよ。ゲームセンターもあったかな」


「ゲームセンター、いいわね。一度行ってみたかったの。あのショーリューケンとかやるやつがやりたいわ」


 車道側に意識して立っていた俺の横をするりと抜け、ひとつさんは縁石の上に飛び乗った。


 危ない、と言おうとしたが車もまばらで何よりなんだか楽しそうな彼女の邪魔をするのも気が引ける。


 しかし、ゲームセンターに行ったことがないとは、大企業の社長の孫娘というのはどんな生活をしてきたのだろうか。


 一応、ショッピングモールには服屋やアクセサリーショップみたいなのもあるが、ひとつさんのお気に召すようなものはあるのだろうか。


 そうだよ、この人大企業の社長の孫娘なんだよな。俺達のような庶民とは感覚が違う可能性を忘れていた。


「ひとつさん、これから行くショッピングモールは、なんというか、お財布に優しい感じの値段のものが沢山あるんですが大丈夫ですか?」


「……私をなんだと思ってるの?私だってファストフードを食べたり、安物の服を買ったりくらいするからね?」


 結構歪曲した表現を使ったが、そういえば俺の心の中はひとつさんに完全に読まれているんだった。

 よく考えたらここまで思考が読まれるのちょっと怖いな。やっぱお嬢様だし読心術とかの勉強もするのだろうか。


「ファストフードとか、食べるんですねお嬢様でも」


「フルコースしか食べないとかそんなステレオタイプのお嬢様なんて今どき居ないわよ」


「さすがにそこまでは思ってませんけれど。でも、ファストフードかぁ。ハンバーガーとか食べるんですか?」


「ハンバーガーは……食べたことないわね」


 ファストフードと言えば定番はハンバーガーだが、それは食べたことないらしい。


「なんて言ったかしらねアレ。えっと……」


「定番メニューだと、フライドポテトとか?」


「そうそう、それよ。私は結構好きなのよアレ」


 ひとつさんの声の調子が一つ上がったような気がした。

 フライドポテトが好きとは、見た目からはなんとも想像がしにくい。試しにファストフード店でフライドポテトを買い食いするひとつさんを想像してみると、御伽噺のお姫様が現代に飛び出してきたみたいなちぐはぐさがあってなんだか面白い。


「美味しいわよねアレ。お祖父様と一緒に食べたから印象に残ってるわ」


「唯一さんも一緒に!?」


 想像の中にあの元気そうなお爺さんが生えてきて、周囲の人間が突然の大企業の社長にビビり散らし、店員さんのスマイルが固まってしまった。


 あの人もファストフードとか食べるんだなぁ……。




 そんな他愛もない話をしながら歩くこと20分ほど。


 ふと、ひとつさんの足が止まった。


「あれ、どうしました?」


「……ねぇ、さだめくん。ショッピングモールって確かこの先にある建物よね?こんなに遠かったかしら?」


「まぁ車だとすぐですけどね。歩いたらそれなりにかかりますよ」


「参考までに、あとどれくらいかかるかしら?」


 そうだな、学校から歩いてきた距離とかを考えたら、まぁあと……。


「ちょうど半分くらいですかね。このペースでいけばあと20分」


「…………ふふっ」


 ひとつさんの口から乾いた笑いが漏れると共に、彼女の足が突如生まれたての子鹿のように高速で震え始めた。

 よく見たら額には汗が浮かんでいて、呼吸も心做しか荒いような気がする。


「……すいません。蜂麓さん呼びますか?」


「いいえ、大丈夫よ。ちょっとこの靴が歩きにくいだけで、疲れたりとか普段から歩いてないから体力がないとか、そう言う事じゃないから」


「そういう事なんですね?」


「そういう事ね」


 俺は男子で元運動部で、ついでに靴もスニーカーだがひとつさんの靴はローファーかと思ったがよく見たら革靴。しかも彼女は普段から蜂麓さんの送迎で学校に通っていたのだろう。


「本当に大丈夫ですか?蜂麓さん、多分来てくれますよね?」


「大丈夫……じゃないかもしれないけれど、それでもね。この時間は楽しいから、翔にも邪魔されたくないなって、少しだけ思うの」


 そう言ってハンカチで汗を拭い、軽くジャンプして足の調子を確かめる。

 こんな時でも変わらない表情もあって、足の震えと汗を隠してしまえば全然大丈夫そうに見える。


 でも、あの様子は結構辛いはずだろう。

 それなのに、彼女は歩くという選択をした。


 俺と二人きりで話しながら歩くという、少しだけ辛い道を選んだのだ。


「……そう言えば、ひとつさんも好きなもの教えてくれましたし俺も教えますよ」


「あら、何かしら。好きな食べ物?好きな漫画や小説、それとも……」


「好きな人。ひとつさんみたいな人が好きです」


「ふーん、みたいな人ね。……まぁ今はそれでいいわ」


 その評価は不満だったのか、それとも満足したのか。

 俺の少し前に出て鼻歌を歌う彼女の表情は読めず、そもそも見れたとしても表情から感情を読むことは出来ない。


 ここでひとつさんが好き、とはっきり言えたらいいのだろうが、正直よく分からないのだ。


 ひとつさんは素敵な人だし、好きになりたいしなって欲しいとは思う。

 それはそれとして、この感情が果たして本当に、恋愛というものなのかがイマイチ分からない。


 カノジョができる前に婚約者ができてしまった、からなのだろうか。


 俺は誰かを好きになる、という感情が分からない。それなのに、それをひとつさんに抱こうとしている。


 だからこの問いには回答が存在しないのだ。

 どうやったら俺は彼女を本当に好きになれるんだろう。


 その答えを、ひとつさんは知っているのだろうか?

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