たったひとつのデート作戦 1


「そんなわけで今朝友達が一人できて、速攻で他人になりたい人になったんですよね」


 繰り返すが、俺と数多星ひとつさんは婚約者であり、クラスの席は隣同士である。

 そして色々と愉快な人物である彼女は結構俺に話しかけてくるが、俺は女子との会話パターンなんて悲しいことに天気の話しか備えていない。


 だが今日は偶然にも、今朝とれたての涙なしでは語れないシェイクスピアも鼻で笑いそうな悲劇があったので話してみることにした。


「……ふぅん」


「お気に召しませんでした?結構笑えません?俺は割と真剣に泣きそうですけど」


「逆よ。私がいないところでそんな面白そうなことになるなんてずるいわ。私がいたらもっとめちゃくちゃになったのに」


「そうなってたら俺がショック死してたんで良かったですよ。俺はか弱いんですから優しくしてください」


 正式に唯一さんに認められて婚約者にこそなったものの、俺たちの関係は何も変わらない。そもそも変わるほど関係が構築できていない、と言うのが正解だろう。


 芦屋に言われて再確認したが、俺たちは出会って今日で三日目。

 彼女の好きな食べ物も私服姿も俺は見たことがなく、彼女が感情らしいものを見せたところも三回しか目撃していない。


 つまるところ、俺は数多星ひとつという人間のことを知らなすぎるのだ。

 こういうのは良くないかもしれない。仮にも婚約者のことを何も知らないというのはいかがなものか。


 一昨日は、そういう関係になるとは思ってもいなかった。

 昨日は何かを考える余裕すらなかった。


 しかし今日は違う。

 あんまり名前を出したくないけど、芦屋のおかげで俺は思ったよりもひとつさんのことをよく思っていて、彼女の言う運命を感じていて、多分もっと好きになりたいしなって欲しいとも思っている。


 ならば、運命の人を見習って俺も行動に出てみるとしよう。


「そういえばひとつさん、今日の放課後は予定開いてる?」


「そうね。今日は私はさだめくんと放課後デートする予定よ」


「それ俺聞いてないんですけど」


「私も初耳よ。どこに連れて行ってくれるの?」


「ナチュラルに心の中を読まないでください。かなり心臓に悪い」


「さだめくんが読みやすいのよ。でも嬉しいわ。誰かにデートに誘われるなんて初めて」


「残念ながら誘ってないんですね。先で潰されたので」


「世の中には後の先という言葉があるわ」


 なんだか概念的な話になってきたが、多分ひとつさんが言いたいことを要約すると。



「こほん。今日の放課後、俺とデートしませんか?」


「まぁ嬉しい。ならおめかししなくちゃね」



 相変わらず反応が希薄で分かりにくいけれど、口元を手で隠すひとつさんは心なしか楽しそうに見えた。





 ◇





 運命とは、惹かれ合うもの。

 一方からの力だけではそのバランスは成立せず、二人の惹かれ合う力が重なって初めて生まれるもの、と言うのが恋愛小説を寝ずに一通り読み込んだ数多星ひとつの結論だった。


 しかし、数多星ひとつは愛という感情がわからない。

 無理やり作った運命という関係を維持し続けるには、彼に好かれてもらいその好意に応える、そんな関係でなくてはならない。


「好きな食べ物はカレーパン、芋ようかん。趣味はゲーム音楽の鑑賞、特技はなし。中学の時の部活は陸上部で実は運動は嫌いではない。週に一度程度の頻度でランニングを行いお気に入りのコースは……ヨシ」


 徹底的に調べ上げた彼の趣味嗜好をトイレの個室で復唱し、どうすればいいかを模索する。

 彼の心が私から離れないように、作り上げた運命が壊れてしまわないように、彼が思わず愛してしまうような自分を演じなければ。


「だって、私を愛してくれるんですものね」


 彼は確かに愛してくれるといった。

 だが愛とは片方の一方的な気持ちだけでは持続しない。


 そんな私がこの関係を続けるためには、愛の代わりになる大きなモノが必要だ。彼の全てを知って、何もかもを満足させてあげられるような、大きな何かが。


「……髪型」


 お手洗いの鏡に映る私は相変わらず無表情。

 それはいつもの事なので置いておいて、今重要なのは髪型だ。


 私の髪は祖母譲りの美しい色をしている。

 お祖父様からも褒められたそれは私の自慢であり、髪型にこそこだわりはないので適当に伸ばし肩にかかる長さで維持しているが、髪の手入れは欠かさない。


 そんな自慢の髪を見て、ふと彼はどんな髪型が好きなのだろうかと考えた。


 知ろうと思ったわけでも、知る必要があると考えたわけでもなく、唐突に何故か気になった。そういえば世間では特定の髪型に非常に好感を覚える男性もいる、と本に書いてあったような気がする。


 これはまたひとつ、彼に好きになってもらうチャンスかもしれない。


 鏡の中の私は相変わらずの表情。

 でもなんだか少しだけ楽しそうに前髪を弄って整えていたのは、気のせいだろうか?

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