2章 たったひとつの愛を探して
運命の友人
昨日はいろいろあったから眠れないんじゃないかと思ったが、案外俺は図太いところもあるようで。
帰ってから疲労からかほとんどそのまま眠ってこうして朝元気に目覚めてしまって登校していた。
そのせいで家族とかに説明できてなかったけれど……まぁまだ恋人でしかないもんな。
うん、説明はしなくていいはず。本当に結婚するとしてもまだまだ先の話だ。
そんな誰に対してなのか分からない言い訳を心の中でしながら、俺は駅から学校までの道のりを歩く。
いつもの道のりのはずだが、いつもとは違う雰囲気。
耳を澄ませば、顔も合わせたことの無い生徒達が俺の方を見ながら何やら噂話。
「あれが噂の?」
「転校生にいきなり告白して結婚まで持ち込んだとかいう洞内?」
「俺は彼女を転校までさせて傍に置いてるとか聞いたぞ、あの洞宮ってやつ」
「数多星さんは洞高に弱みを握られてるとか?」
うん、泣くぞ?
人の口には戸は立てられず、噂は人を伝う度に少しづつ内容が変わるものだけど限度があるだろ。
そしてそこまで噂が流れまくってるのにどうして苗字間違ってるんだよ。洞桐だよ俺の苗字。
本来は人畜無害な俺に対する生徒達の視線は明らかに「ヤベェやつ」といった扱いである。まったく、どうしてこうなっちゃったかなぁ。
「おーい、洞桐くーん!」
誰もが遠巻きに俺を眺める中で、これまた勇気あるクラスメイトが俺に話しかけてくる。
しかし悲しいかな。俺の苗字は洞桐であって、洞桐では……。
「あってる!?」
「え、何が?」
思わず大きな声で反応してしまい、振り返る。
俺のことを苗字を間違わずに読んできた彼のことは、クラスメイトに苗字すらほとんど覚えてもらっていない俺ですら知っていた。
高身長に天然の明るい髪。元気がよい声に整った顔立ち。さらに言えば確かサッカーだかバスケ部だかのエースでもあっただろう。
うちのクラスの中心人物。名前は……
「君、洞桐くんであってるよね?」
「なんで芦屋さんは俺の名前知ってるんですか?」
「なんでって、クラスメイトの名前は知ってるに決まってるじゃないか」
当然のようにそういうことが言えるタイプの人間。声も大きいし、目の前に立たれるだけでなんだか太陽に焼かれているような気分になってくる。
「俺に何か用ですか?数多星さんのことなら本人に、噂のことならノーコメントで」
「噂?ああ何かいろいろ言われてるよね。でも君がどんな人間か知らないのにあれこれ話すのもよくないと思って、あまり噂については知らないんだ。僕が気になってるのは噂の真偽とかじゃなくてね。君のことだよ」
「俺のこと?」
なんだこいつ、急に俺のことを聞いてきてくれるなんて、めちゃくちゃ嬉しいな。絶対ひとつさんのことだと思ったもん。しかも言葉の端端から俺への気遣いが感じられる。完璧人間か?ちょっと好きになっちゃう。
「数多星さんの制服、有名な女子校の制服だろ?転校してきたとはいえそんな高嶺の花とお付き合いしているなんてさ、馴れ初めとか気になっちゃうなぁって」
「そんな大したことないよ。たまたま電車で尻を揉まれてたひとつさんを俺が助けただけで」
「い、いきなりかなりドラマチックな入りだね」
ちょっと驚いている友広くんを見て、そういえば痴漢から人を助けるって結構レアケースだよなと思い直した。なんか現実感がないことばっか起きてたせいで、そのあたりの認識がずれ始めてたかもしれない。
「しかし、そんなドラマチックな出会いをして彼女とお付き合いをしてと。出会いこそ劇的だけど、そのあとどうやって距離を縮めたのかな?」
「うーん、特別なことは何もしてないんだよね」
「そんな謙遜を。あんなに仲良さげで、デートとかも何回かしてるだろう?」
「いや、そもそもひとつさんが痴漢にあってたの一昨日で」
「一昨日!?え、一昨日!?じゃあ君たち昨日でようやく出会って24時間経ってたの!?」
「実はそうなんだよ……やっぱこれおかしい、よな?」
「う、うん。転校ってそんなすぐにどうこうできるものじゃないし、痴漢から助けてくれた人と偶然同じ学校同じクラスとか、かなり運命的だけど……」
かなりまともな感性の友広くんのおかげで俺も何とかまともな感性を取り戻してきた。そうだ、やっぱりひとつさんの距離の縮め方おかしいよな?
「じゃあ昨日が初デートだったのかい?二人は婚約者とか言ってたからてっきりもっと深い仲かと」
「いや、昨日はひとつさんのお祖父さんに挨拶に」
「想像よりかなり深い仲だねお二人!?もう家族に挨拶とかする段階なの!?出会って今日で二日だよね!?」
「そうなんだよね。なんでだろうね」
「当事者だろ君!?」
こうして他人に話して思ったけれど、一昨日からの一連の流れはかなり狂ってるよな。
「いや、想像よりすごいな洞桐くん」
「すごいのは俺じゃなくてひとつさんの方だよ」
「それはそうだけど、僕ならそんな急な話絶対断っちゃいそうだし、洞桐君って優しんだね」
優しい、と言われてふと疑問がわいた。
俺ってこんな人間じゃなかったはずなのに、ここ数日はいろいろと一歩前に踏み出せている気がする。
「運命の人のお願いだからね。何だって聞いてあげたくなっちゃう、のかもしれない」
「君、意外とロマンチックだね。そしてやっぱり優しい良い奴だ」
突然、友広くんは笑いながら俺の肩に手を回してきた。
同性でも他人をこんなに近い距離に入れたのは生まれて初めて位の距離感にどうすればいいのか戸惑う……かと思ったが、存外俺は冷静だった。
人と距離を詰めるのは難しいことだと今までは思っていた。
でも、人間その気になれば三日も罹らず婚約者になれるのだ。本当は少し話せば、友達にだってなれるのかもしれない。
「面白いし、君とは仲良くやれそうだよ。これから一年よろしく、さだめ!」
「こちらこそ、友広」
きっかけは些細で、突拍子もない事だった。俺が変わっても変わらなくてもこうなっていたかもしれないけれど。
ありがとうひとつさん。
貴方のおかげで友達が一人増えました。
「そうだ。機会があったら数多星さんの女友達とか僕に紹介してよ」
「まだ出会って三日目だし、彼女の交友関係とか知らないからなぁ」
「そっか、それは残念。まぁそれは自分で頑張るよ」
「何の話?」
「お嬢様って世間知らずというか、常識はずれなことある子が多いのかもね。君のその優しさとロマンチックな行動や物言いは参考になるかもしれない」
スマホのメモ帳機能を使って何かをメモしながら友広くんはぶつぶつと語り始めた。
「そうだねぇ。今度は数多星さんみたいな子がいいかもなぁ」
「一応言っておくと、ひとつさんは俺の彼女だからね?」
「わかってるよ。二人の邪魔なんてしないし、むしろ困ったことがあったら僕に聞いてくれ。こう見えて、恋愛経験は豊富なんだ」
こう見えてというかどう見ても豊富そうなんだけど。
でもよかった、一瞬女癖の悪いやつかと思ったけど、すこしそういうところが軟派なだけで友広くんは良いやつっぽ……
「女の子は見た目が可愛ければ誰といても楽しいからね。それに女の子なんて星の数ほどいるんだからわざわざ誰かの彼女を奪うなんてコスパ悪いだろう。あ、さだめから教えてもらった数多星さんを落としたテクニックは試しに一回使ってみるよ。まぁレアケースだろうから失敗するかもだけど、たまには振られるのも楽しそうだよね!」
……なんと言うか。
「改めてよろしく……芦屋」
「ん、苗字の方が呼びやすい?」
「うん、そんな感じ」
ひとつさんに蜂麓さんに、芦屋といい。俺の周りって変わった人しか集まらないのかなぁ。
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