たったひとつのまた明日
「孫の結婚相手も見れたし、忙しいから儂は帰るね。じゃあ、さだめ
そう言い残して唯一さんはどこに居たかも分からない黒服の男達を引き連れてさっさとホテルを後にしてしまった。
残された俺達はとりあえず今日は帰ることにし、蜂麓さんの運転で俺の家へと向かっていた。
それにしても、OKされちゃったなぁ。
これで後々俺の両親もOKして、俺達が18歳になったら本当に結婚とかするのだろうか。
その事について、数多星さんは本当はどう思っているのか。
車窓から外を眺める彼女の、窓ガラスに映った表情は相変わらず感情の読めないモノである。
「今日はありがとうございました、さだめくん。急なことになってしまったけれど、お祖父様の予定を空けられるのは今日くらいで」
「いえ、俺なんて変なこと言って足を引っ張っちゃっただけなので」
「本当にね。急にあんなこと言い出してびっくりしたわ」
「違うんですよ。掌に何か文字が書かれたんで、必死に読み解いたらそう言えって言ってるものかと……」
「指示はしたけど全然違う内容よ」
やっぱり俺が思いっきり読み間違えただけだったのね。
もうほんとに穴があったら入りたい。あんな間違いまくった恥ずかしいセリフを人生一番レベルの大声で言ってしまうとか、さすがに切腹してぇ。
「……じゃあさ、もしも私が指示出さなかったら、さだめくんはあのセリフを言えた?」
「言えるわけないじゃないですか?俺をなんだと思ってるんですか?」
「言えないとは思っていたけれど自信満々に言うこと?」
だって俺そんなこと言えるほど自分に自信ないし。あと声も小さいらしいし。
「こういうのって、嘘でも言えるって言うのが普通じゃないのかしら?」
「そんな普通は漫画の中だけですよ。それに、俺は嘘は吐きたくありませんから」
「つまり、私のことを世界で一番愛せる自信はないという事ね?婚約者としてとても悲しいわ」
悲しい、と言いながら数多星さんの表情はいつも通り薄らと微笑んでいて感情は読み取れない。
でも確かに婚約者として失格のセリフだよなこれ。
婚約者なら相手のことを世界で一番愛してる、くらいいつでも言えなきゃやっぱりだめかもしれない。
「……それでも、やっぱり俺は一人じゃあんなセリフ言えませんよ。恥ずかしいし、何よりやっぱり自信が無い」
「自信が無い?」
「だって数多星さんって可愛くて、クラスにも直ぐに馴染んでたし、それに大企業の社長の孫娘ですよ。俺なんか比べたらゴミですよ。塵です」
「そうね」
「そこは嘘でもそんなことないとか言うところじゃないんですかね!?」
「私、嘘は吐かないもの」
そうだった、この人は嘘は吐かないし吐くなら真実の方をねじ曲げるような人だった。そんな超常現象を引き起こしてしまっても納得できるような不思議な人。
まだ出会って24時間と少し。それでも俺は十分なほどに数多星ひとつという少女が、俺とは住む世界も人間としての質も何もかも違うということが伝わってきた。
彫刻のよう、と表現した常に顔に張り付いた微笑はどんな時でも動じず、相手に好印象を与える。行動力もあり、自分から物事を変化させるために動ける。
いくら好きだからって、いくら実行できる権力があるからって。
たった一日で好きな人を家族に紹介するなんて、俺にまったく同じ力があったとしてもできる気がしない。
今日一日の行動力を見て、心の底からそういうところは尊敬できると思い、ついその横顔を眺めてしまう。
「……嫌でしたか?」
「え、あ、……いやって、何が?」
顔を見つめられたのが嫌、と言ったのかと一瞬思って慌てて目線をそらしたが、どうやらそういうわけではないらしい。
「いきなり運命の人だとか言われ、急に祖父の前に出されて、婚約者にされて、嫌でしたか?」
「それは……うーん」
ここで言いよどんでしまうのが、俺と彼女の違うところ。
正直に言って、確かに嫌だと思ったところがないわけでもない。なんてったって話が急だし、ちょっと強引だし、感情が読めない彼女は時々不気味なこともある。
でも、一生懸命だと思った。
だってこんなこと、一生懸命じゃなきゃできない。
どんな理由があるのかわからなくても、数多星さんが俺を大切に、必要としてくれているのはわかる。
人を好きになったことはないし、まだよくわからないけれど。
好きになるなら、こんな風に何もかも振り切って突き進んでしまうちょっと変な子がいいかな、なんて思った。
言い淀まずそれが最初から言えればよかったのに、俺はやっぱり駄目な奴だ。
「嫌じゃないです。だって俺は、数多星さんの運命の人、なんでしょう?」
「…………お世辞でも、その言葉は嬉しいわ」
「世辞じゃないですよ。だって、俺は嘘は言いませんから」
「そうだったわね。……改めて、これからもよろしくね、さだめくん」
「こちらこそ、よろしくお願いします。あま……」
差し出された手に対して握り返す前に、ふと思った。
仮にも婚約者だし、苗字で呼ぶというのはあまり良くないのでは無いだろうか。
「……ひとつさん」
「まさか、さだめくんの方からそう呼ぶなんて」
「驚きました?」
「ええ。こんなに驚かされたのは生まれて初めてよ」
相変わらずの無表情でそう言うひとつさん。
でも、生まれて初めてか。俺みたいな特徴も特技もない人間でも、彼女のような人の生まれて初めてになれるだなんて。
たとえそれがお世辞であったとしても嬉しいものだ。
うん、嘘を吐くというのも悪くは無い。
「盛りそうなところ悪いけれどさだめ、着きましたよ」
「そういう茶化し方やめてくれません?俺って弄られたらすぐ泣きますからね?」
ちょっぴりいい感じの雰囲気を、空気が読めないと言うより読む気がないであろう蜂麓さんが切り裂いた。
彼女の言う通り、いつの間にか車は俺の家のすぐ近くにまで着いていた。
もう時間も遅くなっているし、車の中に長居する理由もない。
「送迎ありがとうございました蜂麓さん」
「ちゃんとお礼が言えて偉いですね。でも、足りないんじゃないですか?」
「え、金とか払わなきゃダメですか?」
「まぁいつか貰おうと思うけどそうじゃないです」
蜂麓さんは車から降りた俺の視線を、首の動きで誘導させた。
そこにいるのは、俺の隣に座っていたひとつさん。
「えーっと、今日はありがとうございました」
「お礼を言うのはこっちよ。50点」
ひとつさんに何か言う、というのは合ってるようだが肝心の言葉の方が思いつかない。
当たり障りない言葉が50点評価だし、100点満点評価だとすればこれはあまり良くないだろう。
「さようなら?」
「ええ、さようなら。18点」
「帰り気をつけてください?」
「それは翔に言うことでしょう。26点」
「お、おやすみマイハニー……?」
「小心者のくせになんでそういうことはサラッと言えるんですかね。98点」
マイハニー意外と評価高いなおい。
98点ならまぁ及第点の気がするが、マイハニーが最高評価というのはなんだか嫌な気分なのでどうせなら100点を取って帰りたい。
……少し悩んで、そう言えば忘れていたけれどひとつさんは今日うちの学校に転校してきたんだった。
と言うか、婚約者になったから昨日の別れと違って俺と彼女はこれからも顔を合わせるのだ。
それこそ毎日、は言い過ぎにしても。学校に行くたびに顔を合わせて、もしかしたら婚約者っぽいことを色々していくのかもしれない。
ならば、だ。
「また明日、ひとつさん」
「えぇ。また明日ね、さだめくん」
そう言って笑う彼女の表情は何となく、普段張り付けられている彫刻の微笑ではない特別な笑顔のような、そんな気がした。
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