たったひとつの召使い


 結局、俺は持ち前のコミュニケーション能力でクラスメイトの誰にも話しかけることができず、誤解を解くことは全くかなわず放課後。

 数多星さんに半ば拉致される形で黒塗りの高級車に詰め込まれて今に至るというわけ。


 それにしてもこんな高級車に乗ったのは初めてだ。

 座席が柔らかいし、車の中は安物の芳香剤の香りなんてせずほぼ無臭。

 その無臭が、隣に座る数多星さんの柔らかな匂いを引き立ててどうにも落ち着かない。


「あの、俺どこに連れていかれるんですか?」


「……」


「数多星さん?あの?」


「……すぅ、すぅ」


「寝てるの?え、マジで寝てるの!?」


 触らないように気を付けながら手を顔の前で振ってみたが反応がなく、呼吸や車の揺れに合わせて小さく体が動くだけ。

 仮にも運命の人と呼んでいる相手と隣り合っての車内という密室。俺の方ですら緊張で爆発しそうなのに、一体この人はどんな強靭なメンタルをしているんだろう。


「さだめさん。お嬢様が可愛すぎて手を出したくなるのはわかりますが、いきなりカーの中で合体はどうかと思いますよ。盛った犬やドラゴンだってもう少し抑えます」


「いやそんなことしねぇよ!?そもそも俺どっちかっていうと被害者なんだけど!?現状無理やりされる側なんだけど!?」


 急にとんでもないことを言い出した美人の運転手さんに対して思わず荒っぽい言葉が飛び出してしまい、慌てて口を抑えた。やばい、俺殺されたりしないかな?


「お気になさらないでください。お嬢様が運命の人だと認めたのなら、さだめさんはもう数多星家の人間。つまりいずれ仕える相手。私のことは今から召使いだとでも思ってください」


「えぇ……マジで俺、これから数多星さんのお爺さんに挨拶しに行くんですか?」


「お嬢様は嘘はつきません」


「思いっきり俺との出会い捏造してましたよ」


「お嬢様が言ったことが真実になるということです」


 とんでもない改変能力を持っていやがるよこのお嬢様。

 しかし運転手改め召使いまでいるとは。数多星さんはどうやら本当に相当なお嬢様なようだ。


「そういえば、お名前伺ってもいいですか?」


「数多星ひとつです。お嬢様の名前はこれからたくさん呼ぶことになるでしょうからちゃんと覚えてください」


「そっちじゃなくて、貴方の名前です」


「私の?」


 数多星さんの召使いなら今後も会う機会があって、その時に初対面じゃない相手の名前を尋ねるのはハードルが高い。


 それに、だ。


「運転してもらったお礼を言う時に、名前を知らないというのも失礼でしょうし」


「……そうですか。お嬢様の運命の相手だけはありますね。では名乗っておきましょう」


 運転手さんは一瞬だけ車のルームミラー越しに俺と視線を合わせ、主とは対照的な人当たりの良さそうな笑顔で名前を口にした。


蜂麓はちろく かけるです。これからもしも呼ぶ機会があれば気軽に蜂麓 翔さんと呼んでください」


「気軽にフルネームは呼べないんですけど」


「じゃあ蜂麓様と呼びなさい洞桐」


「もしかして俺のこと嫌いな感じですか?」


「そうですね。いくらお嬢様の運命の相手でも、貴方みたいな冴えない声が小さい男に仕えるのはあまり楽しくないかもしれないので」


「俺が声が小さいのは教室だけですよ。だからあまり本当の事でも言わないでください泣きますよ?」


 数多星さんの運転手にして召使い、蜂麓さんはやっぱり飼い犬は飼い主に似るとでも言うべき変な感じの人で、俺を泣かせるのが上手いところも主にそっくりだよちくしょう。


 それにしても如何にも仕事ができそうといったボーイッシュな外見ではあるが、女性なのに翔という名前とは珍しい。


 俺の『さだめ』も男子の名前には珍しいから人の子とは言えないかもしれないが、数多星さんの『ひとつ』といい不思議な名前同士類は友を呼ぶものでもあるのだろうか。


「ではお互い名前を知ったところで親しみの意味を込めてさだめ、と呼び捨てにしていいですか?」


「そんなに俺の事さん付けで呼びたくないんですか」


「はい」


「そうですか……」


 しかしこの扱いの雑さは逆に少しやりやすいものがある。

 なんというか、特別扱いされることが人生でほとんどなかったので多少気楽な気分だ。


「あの、改めて聞きますけど。俺ってこれからどこに連れてかれるんですかね?」


「お嬢様から聞かされているでしょう?お嬢様のお祖父様のところよ」


「いや数多星さんの祖父と言われましてもね?」


 昨日会ったばかりの人のおじいちゃんとか言われてもいまいちピンとこない。


 せいぜい数多星さんに似て美形な人なのかなとか、彼女の特徴的な蜂蜜色の髪の毛からもしかしたら外人かも、みたいなことしか浮かんでこない。


 当然の疑問のはずなのに、ルームミラーに映る蜂麓さんの瞳に明らかに侮蔑の感情が籠っていた。


「なんですかその目は。まるでこれから自分がどうなるかわかっていない出荷される家畜を見つめるかのような目は」


「素晴らしいほど自虐的で的を得た客観視ですね」


「え、俺ほんとにそんな酷いことになるんですか?」


 はぁ、とわざと俺に聞こえるようにしたような蜂麓さんの大きなため息。


「数多星グループって知っていますか?」


「あー……聞いたことくらいは」


 数多星グループと言えば、様々な事業を幅広く行う世界的大企業の一つだ。日本人ならば必ずお世話になっている、は過言にしても名前を聞いたことがないなんてことはないだろう。


「……え!?数多星って、その!?」


「本気で気付いてなかったんですか……。その鈍感さは羨ましいとすら思えますね」


 俺と蜂麓さんの大声での会話なぞつゆ知らず。気持ちよさそうに微睡む作り物めいた美少女、数多星ひとつ。


「ひとつお嬢様こそ、数多星グループ現代表である数多星あまぼし 唯一ただひと様の孫娘、その人なのですよ。自分の『運命』の重さをそろそろ理解できましたか?」


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