1章 たったひとつの転校生
たったひとつの即日婚約
季節は春。
新しいクラスへの不安と高校生活の慣れから最も騒がしくなる高校2年生。
その例に漏れず、というかそれを踏まえてもうちのクラスの騒がしさは度を越していた。
「運命の人ってどういうこと……?」
「あの二人知り合いなのか?」
「あんな美少女と洞桐が?」
「ていうか、
クラスメイト達がざわめいている原因は分かりきっている。
進級してすぐ、という時期に突如現れた転校生、数多星ひとつの影響だ。
転校していきなり、挨拶よりも前に俺の前に来て『運命の人』などというものだから色恋沙汰に興味津々な高校生はもう止まらない。
「ふふ、賑やかなクラスね。これなら馴染めそうで安心したわ」
「おかげで俺が孤立しているんだけどね」
「そんなことないじゃない。私が、隣にいるんだから」
「それが理由なんだけどね?」
せっかく転校生が来たしついでにまだやってなかったし席替えでもするか、という先生の案で行われた席替え。
俺の席は位置自体は以前と変わらなかったが、隣に座る人間は変わっていた。
「席替えでいきなり隣同士になるなんて……」
「やっぱホントに運命の人なのかな、あの二人!」
「ああ、えっと……洞内だっけあいつ?」
「桐内じゃなかった?」
「洞山とかだろ」
クラスメイトの生暖かくも鋭い視線が突き刺してくるようにすら感じる。
それと、俺の苗字は
まぁまだ新学期始まって1週間くらいだからね。覚えてないことはあるよね。
「あらあら、私の隣になれたことが涙が出るほど嬉しいの?」
「いや、クラスメイトに名前が覚えられてないのって思ったより辛くて」
「意外とメンタル弱いのね。それなのにあの時勇気を出して私を助けてくれた……。惚れ直しちゃう」
「ほんとに?俺今超情けない涙流してるけど?」
「ええ、その涙の理由を変えてあげたくなるほどに」
「なんかロマンチックなこと言ってるけど、そもそも涙の理由が君なんだけどね?」
数多星さんは笑顔とは言えないくらいに少しだけ口角を上げながら俺の目をじっと見つめてくる。
ええと、どうしようかな。
現在クラスメイト達は静観を決め込んで「アイツの名前の方なんだっけ」みたいな話をし続けている。
「えっと、急な転校ですね。昨日だよね会ったの」
「はい。転校は1日2日で決まるものではない。偶然にも私の転校先がこの学校で、さだめくんと同じクラスになり、こうして同じ席になる。まさに運命としか言いようがないわね」
確かに彼女の言う通り、確率を考えればまさに運命としか言いようがない天文学的な確率だろう。
もしもそんな奇跡的な確率で、こんな美少女に運命の人だといわれたら誰だって嬉しい。
俺だってもしもそんなことがあったら、みたいなことを妄想したことは一度くらいある。実際になったらきっと嬉しいだろうとか思っていたが……。
実際に会うと、先に怖いという感情が出てくる。
数多星さんは俺のことをいろいろと知っている様子だが、俺は彼女のことを何も知らない。せいぜい表情が希薄で、だけどすごくかわいくて、多分どこかのお嬢様ということしか知らない。
「あのー、数多星さん。洞吹くんと貴方の関係って……」
あれこれ考えていると、俺と数多星さんの間に割り込むように、勇気あるクラスメイトがそんなことを彼女に聞いてきた。あと俺の苗字は洞桐だ。そんな嘘しか言わなそうな苗字じゃない。
しかし俺と数多星さんの関係ってなんなんだろうね。数多星さんの方はなんて答えるのかと、なんとなく気になって彼女の答えを頬杖をつきながら待ってみることにした。
「運命の相手ですよ?」
「そういうのじゃなくて……ほら、恋人とか」
「ああ、婚約者ですよ。将来を誓い合った仲です」
「ええぇ!?そうなの洞吹くん!?」
「俺も今知ったんだけど!?」
マジで?みたいな感じでクラスメイトが俺に話を振ってきたが俺も今はじめて聞いたんだよ。
え、俺って数多星さんと将来を誓い合った仲なの?
「先日私が電車で痴漢に会った時に助けていただいて。その時に彼はこういったんです。『俺達が出会ったのは運命だ。結婚しよう』と。私はもうその言葉にメロメロで」
言ってない言ってない!
この人、こうもぺらぺらと過去を改変しやがった。
嘘をついていることに一切罪悪感とかを感じていなさそうな大理石の笑みは自信満々で、誰であろうと彼女の言葉を真実と納得してしまうような、そんなしたたかさがある。
もちろん俺はそんなことは言ってない。俺より彼女の方がほら吹きくんと呼ばれるべき見事な虚言っぷりだ。
しかし悲しいかな。
転校してすぐだというのにクラスでの力関係は完全に俺より数多星さんが上になっている。
クラスメイト達はざわざわと「洞里くん結構大胆」とか「いつも何言ってるかわからないくらい声小さいのにね」とか「流石に引く」とか好き勝手言いやがっている。あと俺の苗字は洞桐ね。そろそろ本気の号泣していい?
もう終わった。
俺の新学期、完全にクラスメイトからの扱いは見世物で確定。誰も彼もが俺に距離を置き、遠くから爆弾でも眺めるかのような扱いだ。
「改めてよろしく私の運命、さだめくん」
「ははは……もう、どうでもいいか。よろしくお願いします、数多星さん」
「じゃあ早速だけど、婚約者として本日の放課後、私の祖父に婚姻の報告をするからよろしくね」
「距離の詰め方えぐっ」
マジで俺を置いていかないでくれ。
展開が急すぎるんだってば。
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