第5話「紙袋」
「おい!大丈夫かい!?」
聞きなれた兄の声で私は目を覚ました。
目を覚ますと、スーツを着た兄がいた。
その後ろには、年老いた駐在所員がいる。
「電話を聞いて飛んできたんだよ。当てがないから、大学の教授を問いただして聞いた」
兄は安堵した表情をしている。
「このあたりを一人でフィールドワークしていると…ああ無事でよかった」
私はあたりを見回した。
私は、山村のバス停ベンチに座っていた。
目の前には置いてきたはずの原付がある。
美しい夕焼けが、私たちを照らしている。
夕焼けに照らされ、逆光になった村民たちが、真っ暗な下を向いたカカシのように見える。
なぜ、夕焼けなんだろう。
「大丈夫かい?頭、ケガしてるじゃん」
兄が言う。
私は先ほど転倒した時、ぶつけた個所を触った。
たんこぶになっている。
私は兄の顔を見て、涙があふれだした。
無事に戻れたのだ。
いや待て、これは現実だったのだろうか。
「紙袋を被った変な集落にはいったの!『まがいもん』にあったの!」私は兄と駐在に説明した。必死だった。
居眠りして寝ぼけていたとは思われたくない。
駐在が話し始めた。
「妙な話ゃね。昔ね、こん村と、隣村がひどうに争いよったんですよ。こん村人間は昔から、川が近いし、田んぼも引きやすい言うてね。しょうもない理由で他所を見下しよったんです。そいで、自分らの貧しさから気を紛らわしていたんやろうけど。」
駐在は村の方を一瞥し続ける。
「隣の村は、ちょっと生まれた時から顔に特徴がある人が多くてね。それでもうまくやりよったが、こん村の連中は、隣村を『まがいもん』いうて、避けちょったらしいんです。あいつら、神さんに捨てられて『まがいもん』なったんじゃって。ほんで、日に日に差別やら嫌がらせがひどうになってね…」
駐在はため息をついた。
「隣の村ん人は、見られても平気なように紙袋かぶって、頭を隠したんじゃて…。ほんでね、うちらこそ『ほんもん』じゃ言うて…誰も村に入らさんようしたって…」
私は背筋が凍った。
駐在は声を上げて笑った。
「ほいでも、わしがまだ子どもの頃の大昔の話ですいね。わしが中学に上がるころは、紙袋かぶる隣村も、廃村になったんじゃけえ」
私は困惑していた。
私は一体何を見たのだろう。
私はどうして、バス停にいるのだろう。
兄が言う。
「まあ、よかったよ。無事で。ほら、もう帰ろう。無理して勉強すんなよな」
兄が私を立たせる。
私が見たものは何だったのだろうか。
オレンジ色の夕焼けに照らされ、現実と夢の境を私はいつまでも掴みかねていた。
私は左手に何かを持っていた。
それは、薄汚れた破れた紙袋だった。
「まがいもん」の村 差掛篤 @sasikake
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