第4話「まがいもん」

へたり込み、膝を抱える私。


一人で来てしまったこと。


興味本位で来るべきではないところへ来たこと。


バイクを点検するべきだったこと…。


電波の良い携帯電話にしとくべきだったこと。


色々と考えては自責の念が浮かぶ。



実際のところ、バイクも携帯電話も私が原因とは限らない。


怖い…。


周囲は暗くなり、闇が下りてくる。


気味悪い事に、集落から明かりが漏れる様子はない。


物音ひとつしない。


木々のざわめきだけ…



帰ろう…それでも兄とは電話をしたのだ。


兄は私を心配しているかもしれない。



私は気力を振り絞って立ち上がった。


顔を上げる。



それは目の前にいた。


薄汚れ、草の汁や泥が付き、色落ちした薄汚れた服。


穴が開き、股には異様なシミがある汚れたズボン。


灰色の肌をして血色の感じられない肌。


薄汚れた四角の紙袋。



私の方を向き、一人の紙袋が立っていた。


そして、手には木の棒を持っている。


紙袋は、ゆっくりと近づく。


「ごめんなさい!間違えて入ったの!」私は叫ぶ。

恐怖で腰が抜けそうだ。

ここで腰が抜けては、無事では済まないかもしれない。


近づく紙袋。


「ごめんなさい!許して!バイクが故障したの!」私は声を限りに叫ぶ。


しかし、近づく紙袋。


紙袋は、次第に足を速め、小走りになった。


たっ…たっ…たったと不揃いの足音を立て、不気味なフォームで不器用に走ってくる。


「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!」

くぐもった奇声が、紙袋から響いた。


私は絶叫した。


紙袋は私の肩を掴んだ。


とっさに私は、はらいのけようとした。


私の手は、そのおぞましい紙袋を破り去った。


男の顔があらわになり、私は戦慄した。



男の顔は、奇妙だった。


何故なら、本来目が位置する場所に、大きく穴が開いており、ヤツメウナギを思わせる丸い口を形成していた。

らせん状にとがった牙が生えている。


そして、鼻は鼻筋がなく、二つの鼻腔だけが開いていた。


目は通常口がある位置にあり、よどんで…しかし怯え切った目が見開かれていた。


私は悲鳴をあげた。





「まがいもん」






老婆が意味する言葉はこのことだったのだろうか。



だから、彼らは、自ら集落に入り込み、外界を拒絶し…自らを「ほんもん」と看板に記したのだろうか。


「ヴヴヴうヴぁあああああああ!」男がヤツメウナギの口からおぞましい悲鳴をあげる。


そして、男は私を掴んだ手を離し、直ぐに両手で顔を隠した。



私は叫び声を上げながら、男の横を通り過ぎ、走り去った。




私は真っ暗な森を、ただ月明りを頼りにがむしゃらに走った。

しばらく、男が叫ぶおぞましい声が聞こえていた。


もし止まればひどい目に遭う。


何が何でも私は平和な朝を迎えたい。


神様…私を助けてください…


そう願いながら、何時間だろう。


永遠に思われる長い時間を走った。


男の声はいつしか聞こえなくなっていた。


そして、疲労も限界に達した時、何かに躓いてこけた。


頭をしたたかに打ち、気を失ってしまったのだった。

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