諦め
「優馬くんの意識が戻って本当に良かったです!」
いつもきっちりとメイクをしている円香ちゃんが、目に涙を浮かべて私の両手を握る。その指は隙なくネイルで飾られていて、健康的な華やかさだ。
夫の実家に帰省していた。
優馬が倒れてからろくに義両親とは連絡を取っていなかったが、意識を取り戻したことでお祝いムードとなりさほど責められることはなかった。
落ちついて義実家を見回してみれば義父も義母もただの皺々な老人で、ちっぽけだった。
細々と言いつけられる用事を「貴方の実家でしょう」と夫を巻き込んだ。
義母はそんな私に口では文句を言うけれど、それだけだった。義父は近くにいなければ手が出ることはないので無視していた。自分の“無視”が私に通じずご機嫌取りをしてくれないとわかると、義父はますます口を噤んだ。意固地な様子はとても滑稽だった。
夫の実家は、家も住んでいる義両親もくすんで薄汚れていた。
何が怖かったのだろう。
何を心配していたのだろう。
今となっては思い出せず、ただ哀れなばかりだ。
私は悠然と過ごし、円香ちゃんとお茶を飲んでいる。
優馬の呪いの対処は、津久野とミクに全て任せていた。
話を引っ掻き回されてはかなわないので、一連の事情は義両親には伏せ、円香ちゃんにだけは打ち明けてある。
息子に面会できないのは辛いけれど、ビデオ通話で話すことができるので安心だった。
時期に犯人も見つかって万事上手くいくだろう。優馬の身近にいる私や夫が誰かの恨みを買っていたのかもしれない。だけど、だから何だというのか。
現時点で私達に害はなく、優馬には
きっと、大丈夫だ。
助けてくれる。
全てが片付いたら、義両親達も呼んでお祝いのパーティを開こう。
その話を持ちかけると、夫よりも円香ちゃんの方が喜んでくれた。
「誕生日のお祝い渡せなかったし、その時はすごいプレゼント持って行きますね!」
嬉しいことを言ってくれる。
「それに、義姉さん達にもお祝い用意しなきゃ。一番辛かったのは優馬くんだけど、義姉さんだってお兄ちゃんだってしんどかったですよね。お兄ちゃん、あんなに窶れちゃって……」
リビングの隅でぼんやりとテレビを観ている夫のことを、円香ちゃんは振り返る。
義両親に対して思っていたことや破壊した物のことについて、年末に夫に全て打ち明けた。
私の話を聞いている間、夫は何度も何か言いかけては口を閉じ、私が話し終わると「……すまなかった」と言って頭を下げた。
よくある嫁姑問題、よくあることだと軽く考えてずっと流していたと。
自分は言葉にするのも感情を表すのも苦手で、黙っていれば周りが動いてくれるのでそれを正そうと思ったこともなかったと。
妻が両親と多少ギクシャクしているとしても、自分の家庭はうまくいっていて何も問題ないと思っていたと。
口下手な夫がポツリポツリと断片的に呟く言葉を繋ぎ合わせると、そんな内容だった。
薄々わかってはいたけれど、あまりの認識の差に虚しくなった。謝ってもらったところで、冷え切った気持ちがすぐにどうにかなるわけじゃない。
私達は、ただお互いの思いを吐き出し、抜け殻のようになっただけだった。
こんな状態でも同じ家で夫婦として暮らしているし、この先もそうなる気がしている。
こんなものだ。
いつか、絆を再構築できるかもしれない。できないかもしれない。
どちらにしろ、それは優馬が家に帰ってきてからの話だ。
「……円香ちゃんは、幸せな結婚をしてね」
お見合い相手と順調に交際していて、上手くいけば今年入籍するそうだ。
「えっ、義姉さんどうしたんですか急に」
困惑した顔で、円香ちゃんは私の顔を覗き込んだ。
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