津久野の懸念
「……ふう」
ミクから送られた経過報告書が、PCのディスプレイに表示されている。読み終えた津久野は溜め息を漏らした。
小さな雑居ビルの一室に「ハンター派遣」は事務所を構えている。ミクは優馬の病室に向かっており、不在だった。
「案外手こずってるなあ」
コーヒーカップに手を伸ばす。
優馬の呪いは、小波渡恵のものではない。
その思いがどれだけ強くとも、ただ「憎い」「殺したい」と心に思った程度では、人を害することなどできないのだ。
念じただけで簡単に誰かを苦しめることができるのであれば、世の中から武器などなくなるだろう。
彼女は手持ちの物に怒りや憎しみの感情をぶつけて散々壊したようだが、それはただの「八つ当たり」に過ぎないのである。
小波渡優馬に取り憑いている“呪い”は、もっとはっきりと呪いとしての儀式を執り行い発せられたものだった。
呪いについて「いっぱい重なってるんすよ」とは、調査したミクの言葉だ。
「一つ一つは子供のおまじないみたいなチンケなやつっす。呪った本人も効力があると思ってやってないでしょうね。なのにそれを、何十回も行ってます。時間かけて。そのせいで呪いがここまで育ってしまった。コレ、やり出したの一年や二年じゃきかないっすね」
効きもしない――少なくとも術者はそう思っていた――儀式を数十回繰り返す。悍ましいほどの執念だ。
なまじ素人が行ったため、術者本人に解呪することはできないだろう。呪うことよりもそれを解くことの方がずっと難しく、特殊な能力を必要とするのだ。
ある程度はミクの技量で祓えるものだったが、問題は、重なった奥にある呪いの核である。
その核が優馬の魂にがっちりと食らいついていて、ミクは引きはがすのに苦戦しているところだった。
気になるのは、その核に「呪い相手を殺す」というものではなく、別の狙いがこめられていることだ。ミクの分析能力を持ってしても、どんな意図が隠されているのかまでは読み解けない。そしてそれがわからない間は解呪も呪い返しもできないのだった。
何が狙いなのか。そこだけが、一般人相手といえども不気味だ。
「……まあ、本人に聞いても教えてはもらえないだろうね」
小波渡夫妻にも優馬にもまだ明かしていなかったが、術者の特定は既に済んでいた。推測ではあるが、誰をターゲットにしようとしていたのかも。
依頼された喫緊の課題が「優馬の体調を回復させること」のため、今は解呪を優先し、術者については監視のみに留めている。
現在のところは、術者が優馬やターゲットに直接危害を加えるといった動きは見せていない。こちらの想定通りだ。実際に行動できる人間なのであれば、元から呪術などというまわりくどいことを行なったりはしない。効果を得にくい素人であれば尚更である。
かといってここまで執着心の強い犯人が諦めるとも思えないので、ずっと放っておくわけにはいかない。
今回の呪いを解いたとしても、また呪うだろう。呪術師のような能力者であれば封印をするなどの具体的な対処もできるが、チカラを持たないからこそ厄介だった。
「うーん……呪いも術者も、どうしようかね」
できればやりたくない、面倒くさい方法しか思いつかない。
津久野は欠伸をしながら窓の外に目をやった。
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