対決

退院

「退院、おめでとうー!」

 俺は音だけのクラッカーを部屋の天井に向けて鳴らした。乾いた気持ちの良い音がした。

 優馬が昨日、やっと退院したんだ。

「うおー悟ありがとう!」

 二人でコーラで乾杯する。病院では食べられなさそうなスナック菓子もいっぱい持ってきて、テーブルに広げた。

 久しぶりに対面した優馬は、髪が伸びてはいるけどそれ以外はほとんど前のように元気そうだ。

 病院ではリハビリとオンライン授業を受けて解呪も進めてもらって、壮絶だったらしい。 

 本当は他の友達も連れてきたかったけど、優馬が大勢に来られるとちょっと疲れるから、って言うからとりあえず今日は俺一人で来た。

 しょうがない。まだ呪いは抜けきっていないらしくて、これから本格的に祓う作業に入るって聞いた。皆でお祝いするのは、それが解決してからだ。


「悟、あのさ……」

「ん?」

 入院中にできなかったバカ話を一通りすると、テーブルの向こうの優馬が改まったような感じで俺の名前を呼んだ。

「お見舞い動画、送ってくれてありがとな。すげえ嬉しかった」

 そう言うと、こっちに向かってめちゃくちゃ深く頭を下げた。

「なんだそんなことかよ。俺なんか全然大したことしてねえよ」

 俺はちょっと恥ずかしくてブンブン手を振った。

 俺は結局、優馬が入院してる間、呪いを解くのに役立つことなんて何もできなかった。リハビリも解呪も、プロがついてるんだから出る幕なんてない。

 「“呪い”を殺す」なんて言っておいて、気持ちばっかり口ばっかりですげえ情けなかった。

 だからせめて頑張ってる優馬の応援ができたらと思って、救命処置してくれたお婆さん達のとこ行ってお見舞いメッセージを撮らしてもらった。

 皆、優馬のこと心配してくれてた。意識が戻ったんです、って言ったらお婆さんはちょっと涙ぐんでた。

 あの場に居合わせた人達が助けてくれなかったらどうなってたことか。俺も、次に急病人がいるとこに出くわしたら何かしら手助けできる人間になりたい。


「大したこと、あるんだよ」


 優馬の表情は真剣だった。茶化そうかと思ったけど、俺も真面目に聞くことにした。

「僕、今呪われてる状態じゃん。本当は僕が恨まれてるわけじゃないらしいけど、それでも悪意を向けられて、実際入院までしてさ。すげえ怖かったんだ。死にかけるくらい強く恨まれる、てのが」

「……そうだよな……」

 俺はそんな目に遭ったことないけど、想像しただけで怖いと思う。そんな思いを優馬がしたことが、ただただ辛い。

「今回は僕のせいじゃないけど、この先、もしかしたら僕自身が誰かから恨まれることだってあるかもしれないじゃん。そしたら……って考え出したら怖くて……人間怖いってなって」

 優馬の声は震えてる。何て返せば良いかわかんなくて、続きを待った。

「そんな時にさ、あのお見舞いメッセージの動画を悟がくれて。僕は覚えてないけど、倒れた僕のために色んな人が頑張ってくれたんだよなって。その後も心配して励ましてくれて、悟はそれを僕に届けてくれて。そういう優しさに、ホントに救われたんだ」

 優馬が大きく鼻を啜る。目も鼻も真っ赤になっている。

「だから、本当にありがとう。怖い人間もいるけど、そんな人ばっかりじゃないって、ちゃんと実感できたの、悟のおかげだよ」

「ゆ゛う゛ま゛ぁ」

 優馬よりも、俺の方がだばだば涙流してた。

 役立たずだって思ってたけど、ちゃんと支えになれてたことが嬉しかった。

 そうだ。殺されかけたんだもんな。人間不信になったっておかしくない。

 ティッシュで鼻をかみながら、改めて優馬を呪った奴が許せないと思った。


「俺……俺ができることなら何でもするからさ、ちゃんと言って」


 コンコン


 俺が言い終わる前に、誰かが部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「あれ、さっき母さん用事で出かけるって言ってたのに」

 言いながら優馬は立ち上がろうとして、そのままバランスを崩して倒れた。

「ちょっ、おい大丈夫か!?」

 優馬を起こそうとする。

「……あ……が……」

 優馬は床に転がって胸を押さえている。目を見開いて、口をパクパクさせた。

「えっ……」

 これは、あの時と同じだ。道端で意識不明になった、あの時と。

「優馬!」

 どうして。

 キィ、と音を立てて、部屋の扉が開かれた。

 そこには、知らない女の人が立っていた。


 コイツだ。


 咄嗟に思った。コイツが、呪いの犯人。何でここに?

 優馬はぐったりしてしまった。また、昏睡状態になってしまうかもしれない。早く救急車呼んだりとかしないと、でも。

 女の人が部屋に入ってきた。ポケットから、何かを出そうとしてる。

 駄目だ。何かする気だ。

 優馬を殺す気だ。


「やめろ!」


 俺は頭が真っ白になって、女の人に向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る