解呪

「そんな……」

 俺は確かに全力で体当たりをした、はずだった。


「やるじゃん」


 そう俺に言いつつ、女の人はビクともしてなかった。

 それどころか、左手で俺の肩を押さえてタックルを止めている。一瞬だけ俺の方を見たけど、すぐに優馬の方に視線を戻した。もう俺のことなんか眼中にない。右手に握った白い紙を優馬の方に向ける。

「やめろ何すんだ!」

 紙を奪おうとする俺は、簡単に壁まで弾き飛ばされた。すごい力だった。


「大丈夫だから」

 女の人が言い終わる前に、優馬の胸から真っ黒い煙みたいなのがモヤモヤと出てきた。そして吸い込まれるように紙に集まっていった。

「何……コレ……」

 優馬が泣きそうな声を出した。泣きそうな……え、優馬が喋ってる、息ができてる!?

「優馬!」

 俺がじたばたと優馬に駆け寄るよりも、黒い煙が紙に全部吸い込まれる方が速かった。

 白かった紙は墨汁に浸したみたいに真っ黒に染まって、女の人の手の中で青く燃え上がった。

 後から、白い紙は御札だと聞かされた。


「しんどかったね優馬くん。もう大丈夫だから。キミも、乱暴なことしてゴメン。ケガしてない?」


 プロレスラーみたいにガタイの良い女の人は、俺達のそばに来て膝をついた。話しかけてくる声は、びっくりするくらい優しかった。

 強烈に壁に打ち付けられた背中の痛みが、今さらやってきてジンジンする。

「ミクさん……」

 優馬は涙をたっぷり溜めた瞳で、その人の名前を呼んだ。ミクって確か、優馬の呪いを祓おうとしてる霊能者の名前だ。この人が、そうなのか。

 ミクって人は優馬をお姫様みたいに抱き上げると、軽々とベッドに寝かせた。


「もうこれで“核”を取り除けたから、優馬くんがから出られる日も近いよ」


 優馬は昨日退院して、家に帰らずにに移ってきていた。ミクさん達の組織が所有する宿泊施設だ。

 強い呪いを受けた人の身の安全を確保したり、集中して解呪を行うための建物とのことだった。

 病院みたいに面会に厳しいわけじゃないって聞いて、俺は優馬の両親に頼み込んでお見舞いに来させてもらっていた。

 まだ優馬をそっとしておいてほしい、っておばさんは言ってたらしいけど、ミクさんが「こんな時こそ友達に会った方が良い」ってアドバイスしてくれたって聞いた。


「すごい、もう全然苦しくない……。やっぱりミクさんすごい、ありがとうございます」

 優馬は身体を起こしながらミクさんにお礼を言った。

 俺はまた何もできなかったことがショックで、唇を噛んだ。


「それと、優馬も」

「え?」

「僕のために向かっていってくれてありがとう、めっちゃ嬉しかった」


 そう言うと、優馬はニッて明るく笑った。


「咄嗟に友達守ろうとすんの、中々できることじゃないよ。カッコ良いじゃん」

 ミクさんは、綺麗な髪をかき上げて俺にサムズアップした。

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