誤解

 意識を失った私は搬送された。強いストレスのせいだろうとのことだった。病院につく頃にはほとんど意識は戻っていたが、三十分ほど点滴を受けた。

 優馬のお祓いについての相談は、後日行うことになったと夫から聞いた。

 待合室の椅子に夫と腰を降ろす。もうすぐ夫の呼んだタクシーが着く。

 重力が何倍にもなったかのように、身体が重かった。このままどこまでも沈み込んでいきそうだ。

 優馬の意識が戻り、以前より状況はずっと良くなっているはずなのに陰鬱な気持ちが広がっている。


 私が夫と義両親を呪ったせいで。


 優馬さえいれば良かった。でもその優馬自身をあんな目に遭わせてしまった。

 母親失格だ。いや、人として許されない。

 実際に危害を加えたなら、虐待や傷害の罪に問われ、十分とはいえないまでも罪を償うことができるだろう。

 だけど「下手に他人を呪ってしまったとばっちりで子供の命を危険に晒した罪」など、誰が裁いてくれるのか。

 今度は自分で自分を呪ってみようか。でもまた優馬に何かが起きたら?


「本当に、殺すしかないのかしらね」

 思わず声に出していた。

 殺す。

 私を。そうだ。それが良いかもしれない。そうすれば、きっと優馬の中に残っている呪いも。

「おい、何言いだすんだ」

 咎めるような言葉を言っているけど、夫の声は震えている。

 私に呪われる、恨まれる心当たりがあるのだろうか。どれだけ私が傷ついていても助けてくれなかったのに。ずっと知らないフリをしていたのに?

 今だって、私が真っ直ぐ見つめるとあからさまに顔を背ける。

 ふと、私から視線を逸らした夫が病院の玄関を見て声を出した。

「あれは……」

 私もつられてそちらを見た。近づいてくる人影があった。波多家はだかミクだ。体格が大きいのですぐに彼女だとわかる。


「すんません、どうしても言っとかなきゃいけないことがあって」

 座ったままで見上げると、ミクが更に大きく見えた。怒っているようなキツい目線をしているけれど、これが彼女の普段の表情なのだろう。声色はどちらかと言うと柔らかい。

「……何でしょうか」

 これ以上、まだ何かあるのだろうか。今ここで、呪いの犯人として糾弾してくれるとでも?

「貴女じゃないんす」

 間をおかず、ミクは言う。

「え?」

 想定していなかった言葉に、思わず間抜けな声が出た。

「詳しい説明は今度します。ただ、優馬くんの呪いの原因は、恵さんじゃないんす。コレは確かっす。だから、あんまり自分を責めないでください。不安になるような話の仕方して、申し訳ありませんでした」

 彼女は大きな身体を折り曲げて、ペコリとお辞儀をした。

「お大事になさってください」

 そう言うと、去っていった。後には、呆気にとられた私と夫が残された。


「私じゃ……ない……?」

 夫と顔を見合わせる。夫は驚いた顔をして首を横に振る。その仕草の意味が『俺にもわからない』なのか『俺じゃない』なのか、私にはわからなかった。

 優馬を苦しめる呪いを作ったのは、私ではない。


 では。

 





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