呪う

回想

 私の意見を優先してくれる、優しい人だと思っていた。

 デート先も、何を食べるかも、どこに旅行に行くかも。

 結婚してから気がついた。

 ただ、自分が無い人なのだ。夫は。

 付き合っていた時は、怒ることのない、穏やかな性格だと思っていた。何のことはない。こだわりが少ないだけで、怒りの感情はちゃんと持っていた。

 その表現がとても陰湿でわかりにくく、一緒に暮らすまで私が気づいていないだけだった。

 でも、結婚生活なんてこんなものだ。

 周りで、テレビで、ネットで。夫や義両親の愚痴なんて古今東西ありとあらゆるところに溢れている。語りだしたらキリがない。よくある話だ。

 作れと言われて出した料理に一切手を付けずに無視をする義父。

「秋刀魚だけはあの人食べんのよ。嫌いなもんくらい把握しといてくれないとねえ」と後になって嘲笑ってくる義母。

 こんな人達だなんて、結婚の挨拶で数度言葉を交わしただけでは、気づかなかった。

 でも、ひどい暴力を受けたわけじゃない。たまに頭や肩を叩かれる程度だ。一緒に暮らしているわけでもない。

 こんなものだ。

「ごめんねお義姉さん」

 義妹の円香ちゃんも義両親に振り回されているのが見てとれた。下に見られている者同士として、私に同情してくれているらしい。

 それで十分じゃないか。


 子供が生まれた。

 義両親は大喜びだった。

「名前はこっちで決める」と義父が言い出した。

 夫は何も言ってくれなかった。

 円香ちゃんが散々夫に言ってくれて、やっと夫から断ってくれた。

 息子は熱を出しやすい赤ん坊だった。

「ウチの子達は熱出したりなんてほとんど無かったのにねえ。ママに似ちゃったのねえ可哀想にねえ」と義母が優馬を抱っこしながら泣くフリをした。

 夫は「ふうん」と相槌を打った。

「あんなこと言ってるけど、私もお兄ちゃんも、小学生になる前に肺炎で入院したことあるんですよ。忘れてるだけです」

 円香ちゃんが私に耳打ちしてくれた。


 一つ一つはくだらないことだった。

 波風を立てることを恐れて、黙っている自分が悪いのだ。

 次こそは言い返してやろう。でも私が神経質なだけなのかもしれない。

 その繰り返しで、これまでやり過ごしてきた。


 円香ちゃんが、お見合いをするかもしれないそうだ。

 本人は乗り気ではないらしいが、義母に押し切られてしまいそうなのだと。

 ある日曜日の夜、優馬が私に教えてくれた。

 夫も横でうんうんと頷いて笑っていた。

 困った顔の円香ちゃんを、優馬は心配して見ていたそうだ。

 で。

 私が休日出勤をしていた日の昼間に、私以外で集まって外食をしたと。

 夫は私に何も知らせてくれなかった。

 優馬は当日言われて連れていかれたそうだ。

 円香ちゃんは、当然私も知っていると思っていたと後日謝罪の電話をくれた。知っていたら、日程の変更をしたと。

 前々から出勤するのは決まっていた日だった。ただ一言「行ってくる」と言ってくれさえすれば良かった。

 義両親が夫に口止めをしたのか。

 主体性の無い夫が私への報告を怠ったのか。

 追求する気にもならなかった。


 あいつらの「家族」の中に、私だけが入っていない。優馬も取りこまれてしまう。


 自分の中の、何かが壊れた気がした。


 がちゃん。

 義実家から押し付けられた食器。

 がちゃん。

 結婚式の写真を入れた写真立て。

 がちゃん。

 引越し祝いに買った時計。

 がちゃん。


 全部割った。全部、ぜんぶ。

 叩きつける度に、嫌な思い出が蘇った。

 あいつらが憎い。

 不幸になれば良い。

 呪わしい。


 今年の、春先のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る