警戒
優馬は半月もの間寝たきりだったので、リハビリのためまだしばらく入院が必要とのことだった。
それでも、意識が戻ったという事実だけで私は有頂天になっていた。昨日までと違い頬を流れる涙は嬉しさで温かく、身体は軽い。
夫とのわだかまりも今だけは気にならず、幸福な気持ちで一杯だった。優馬の治療に関わった全ての人達に、お礼を言いに回りたい。
応接室には私達夫婦と、津久野とミクの二人が着席した。
院長は優馬が目を覚まし担当医師や看護師への指示を終えると「もう医療の領域ではない部分の話になりますから」と席を外していた。
「ありがとうございます、お二人は私達の恩人です。検査を受けて本当に良かったです。昨日はとても失礼なことを言ってしまいました。申し訳ありません」
「……疑って、すみませんでした。ありがとうございます」
私達は揃って頭を下げた。感謝をしてもしきれない。
「そのことなのですが……」
津久野の重い口調に顔を上げると、困ったような表情をしていた。隣に座っているミクも同じだ。
「……何か?」
恐る恐る聞く。喜びムードの私や夫とは温度差があるようだ。ざわざわと不安が頭をもたげる。
「小波渡優馬さんの問題は、まだ解決していません」
私と夫を交互に見遣り、津久野は続ける。ミクが頷く。
「本日行ったのは“検査”であって、あくまで霊障や呪いの調査をすることが目的です。優馬さんの意識が戻られたのは、かけられた呪いについて調べるためにその一部を切り取って呪いが軽くなったからです」
頭から冷水をかけられた気分だった。勝手に、優馬はもう呪いとやらからはすっかり解放されたものと思い込んでいたのだ。浮かれた気持ちが一瞬にして引いていく。
呪い。
確か、人間によるものだと津久野は言っていた。それは人間の幽霊だろうか、それとも。
「と、いうこと、は」
喉が張り付く。まだ、呪いは終わっていない。
「優馬くんの身体に呪いは残ってます。しばらくは大丈夫っすけど、このまま放っておくとまた元の状態に戻ると思います」
津久野の代わりにミクが答えた。私達を射すくめるような鋭い眼光だ。威圧感があるが、それが頼もしくもある。
「では……昨日お話があったように、お祓いのようなものを受けた方が良いということですか」
私は無意識のうちに身を乗り出していた。また元の状態になど、許せることではない。
「そういうことになります。引き続き、私共に対処を任せていただけないでしょうか」
「ええ、ぜひお願いします」
断る理由などあるはずもなかった。たとえ夫や義実家の人間が反対しようと、絶対に邪魔させない。
私の元に帰ってきた息子が再び取り上げられるなんて、あってはならない。
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