検査
病室の中は静かだった。
他の入院患者達とは離れた病棟の奥の大部屋に、優馬が寝かされたベッドが一台だけポツンと置かれている。
半月ぶりに見た息子は明らかに痩せていた。その痛々しさに悲鳴が出そうになる。今すぐ駆け寄ってこの手に抱き締めてやりたい。
しかし、入室前に優馬に絶対に触れないよう言い含められていた。病室には今、私達夫婦と院長、津久野がいる。廊下に一人、看護師が待機している。
“
怪異や霊障などの、霊的な現象に対処する集団とのことだ。
その内の一人である津久野が、優馬の昏睡の原因が霊障によるものかどうかを調べるのが今日の目的だ。
心霊スポットや自殺の名所などのいわくつきの場所に行ったことがなくとも、日常生活の中で“ヒトならざるモノ”に出会ってしまい、心身に悪い影響が出ることが往々にしてあるのだという。
どんなに説明されても――いや、されればされるほど――頭から信用する気にはなれず、一晩経って冷静になると、とんだ茶番なのではないかと思う。
それでも私がここに立っているのは「藁にも縋りたいから」としか言いようがない。
この期に及んでそんなことを考えているうちに、津久野は準備を終えた。
「皆さん、この線から出ないようにしてください。そして、私が良いと言うまで、声を出さないでくださいね」
津久野は、黒いビニールテープで区切られた床を示した。
部屋を半分に分ける一本の黒い線。
私と夫、院長を残し、津久野はテープを跨いで向こう側にいる優馬の側に立った。スーツの内ポケットから大きめの御札のような紙を数枚取り出し、ベッドサイドのテーブルに並べた。
「では、始めます」
明るい部屋の中で、優馬に繋がれた機械の電子音がやたらと耳につく。
津久野がサイドテーブルから御札を一枚取り、優馬の頭に
変化はすぐに訪れた。
「おっと」
津久野が優馬の胸の辺りに御札を翳した瞬間、それは青い炎に包まれ燃え上がった。
私は思わず声が出そうになり、必死に口を押さえた。
炎は優馬や津久野に燃え移ることなく、紙は灰となった。
津久野は灰を器用に受け止めサイドテーブルの端にまとめる。ベッドに降りかかってしまった分を軽く手で払い落とした。
「後で綺麗にしますんで。吸い込んでも害は無いので、心配しないでくださいね」
津久野はこちらを振り返って落ち着いた顔を見せた。
線のこちら側に来て、フウと大きく息をつく。よく見ると、彼の額に汗が浮いている。
「もう喋っていただいて大丈夫です、ただ優馬さんにはまだ近づかない方が良いでしょう」
「あの……優馬は……」
取り出したハンカチで汗を拭う津久野に声をかけたが、その後の言葉が続かなかった。
半信半疑どころか、ほとんど疑っていた。
それが。
何もないところからいきなり青い火が出て消えた。私達を騙すために、マジックの仕掛けのようなものがある可能性だって捨てきれない。
でも。
私は何を信じれば良いのか。
私の葛藤をよそに、津久野は続ける。
「そうですね、霊障には違いないのですが……霊や魔物の仕業ではなさそうです」
「え?」
「具体的なことはもう少し詳しく調べてみないと言えないのですが、恐らく人間による、いわゆる“呪い”と思われます」
ノロイ?
呪い。
頭の中で丑の刻参りをする白装束の女の姿が浮かぶ。
それは、動物や人間の霊に取り憑かれるのとどう違うのだろうか。
「詳しく特定するのは、今日いけますか」
院長が津久野に問いかける。
「手配します、午後までお待ちください」
津久野は頷くとスマートフォンを出し、どこかに電話をかけながら病室を出て行った。
優馬のベッドを振り返る。
穏やかな顔は今にも目を開けて「おはよう」と言ってくれそうな気さえするのに。
どれだけ見つめても、優馬の瞼はピクリともしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます