12/9 恵

 木矢部君の要領を得ない話を必死に咀嚼して、優馬が倒れた時のことを何とか理解した。

 救命処置にあたってくれた方々には感謝してもしきれない。その人達がいなければ、優馬の命はなかったかもしれない。

 今度お礼をしに行こう、公園に行けば会えるだろうか。

 夫は、ただむっつりと黙っていた。


 帰宅してすぐ、義妹の円香まどかちゃんが訪ねてきた。優馬の入院の知らせを受けて、来てくれたのだ。彼女の職場と我が家は電車で三十分ほどの距離で、甥の優馬のことをとても可愛がってくれている。

「何もできないですけど、優馬君が心配でいてもたってもいられなくて……」

 ダイニングテーブルで顔を青くする。向かいに座る私もきっと似たような表情をしているだろう。

 優馬はどうして急に意識を失ったのか、それは私にも夫にも全く心当たりのないことだ。

 乳幼児期は少し熱を出しやすい子だったけど、それも小学校に上がる頃には落ち着いた。大きな病気などしたことのない、至って健康な子だったはずなのに。これまで強く頭を打ったりもしていない。


 ドスン、と聞こえて私達は振り返った。

 夫が居間のソファに乱暴に座った音だ。ガチャガチャと雑にリモコンを取り出しTVの電源を入れると、テーブルにリモコンを放り投げた。

 機嫌が悪かったり心に余裕がない時の夫の悪い癖だ。

 彼も、優馬のことが心配で不安なのだろう。それにしたって態度が悪すぎるとは思うけれど。

「きっと大丈夫、すぐに目を覚まします」

 私達を元気づけるように、円香ちゃんが明るい声を出した。夫にも聞こえるようにと声を張り上げる。

「だからお兄ちゃんも元気出して、しっかりして」

「ん……」

 夫はこちらを見ようともしない。さすが兄妹というべきか、ぶっきらぼうな態度を円香ちゃんは気にした様子もない。

「ありがとう、円香ちゃん」

 私の声は掠れていた。


 円香ちゃんが帰るのを、夫と共に玄関で見送った。

「……今日はありがとうな」

「優馬君が目を覚ましたら、すぐに知らせてね。それまでは、お母さん達にもそっとしとくように言っておくから」

 円香ちゃんは私に目配せして、帰っていった。

「わかった。気をつけてな」

 円香ちゃんに声をかける夫は、私達のアイコンタクトの意味に気づくことはないだろう。


 義家族の中で、円香ちゃんだけは私を気遣ってくれる。

 正直、私は義両親のことを毛嫌いしている。

 義父は尊大な人間で、私のことを小間使い程度にしか認識していない。何かが気に障った時には子供を叱るように小突いてくるのが腹立たしい。義母はそんな義父にへつらい「ヘマをするアンタが悪いのよ」と言い出す始末だ。

 夫はそんな扱いをされている私を見ても「あの人達、悪気はないんだよなあ」とどこか他人事で、義実家で私が何をされても気づかないフリを決めこんでいる。

 円香ちゃんは私をかばってくれるけれど、義父も義母も彼女の言葉などどこ吹く風である。初孫とあってか優馬のことは溺愛しているので会わせないわけにもいかず、帰省の度に私は屈辱的な気持ちになる。

 優馬がこんな状態になり、いつも以上に我が家に干渉してくるのだろう。そう思うと胸に黒いものが湧き上がってくるようだ。でも、耐えるしかない。


 舅や姑と気が合わないことなど、よくある話だ。ネットでもありふれている。

 腑抜けた夫のことはとうに見放している、私には優馬さえいれば良い。優馬さえ。

 早く優馬の目が覚めて、元の生活に戻れますように。

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