12/9 小波渡 恵(こばと めぐみ)

 息子の優馬が意識不明で救急搬送されたと連絡がきたのは、仕事の昼休憩が終わる直前のことだった。

 エレベーターを使うことすらもどかしく、転がるように階段を駆け下りた。電話かアプリで呼べば良いのに、全く思い浮かばず駅までの道をウロウロとタクシーを探して歩いた。

 病院まで、ずっと姿勢を正してシートに座っていた。

 横を向いて景色を見たり、スマホを触ったり。そんなことをして少しでも現実から意識を逸らしてしまったら、助かるはずの息子の命が罰として取り上げられてしまう気がした。

 ただ、じっと座っていた。

 カバンの中でスマホがひっきりなしに振動している。夫から知らせを受けた義実家の誰かからだろう。いつにもまして癇に障る気がした。


 もしかしたら何かの手違いで別人が運び込まれたのではないか、今頃息子は家で漫画でも読みながら私の帰りを待っているのでは。そんな期待を密かにしていた。

 でも、ベッドに横たわっているのは間違いなく優馬本人だった。

「優馬……どうして……」

 自分の声はどこか空々しくて、流れる涙も嘘くさくて、でもそれはこれが現実でなければ良いという気持ちからくる感覚だというのはわかっていた。


 優馬の意識はまだ戻っていないが、命に別状はなく今のところ容態は安定しているそうだ。詳しい検査は明日以降になるらしい。

 感染症対策のため、すぐに病室から出されてしまった。本来なら病棟にすら立ち入ることはできないのを、優馬の身元確認のために短時間の入室を許されただけだった。

 あの子の目が覚めるまで、手を握って側についていてやれたら。親というのは何と無力なのだろう。

 程なくして夫も到着した。優馬の状態を知って、私と同じく俯くばかりだった。

 医師や看護師と話し入院等の手続きを済ませると、外は暗くなりかけいた。

「一息つこう」

 夫の提案で、飲み物を買って待合室のソファに二人して座り込んだ。

 夫の目尻の皺が深くなったように見える。肩を落として缶コーヒーを飲む姿が、いつもより小さく感じた。

 優馬のいない家に帰ることが、ひどく億劫だった。

 帰宅して、食事をして、風呂に浸かる。食器を洗って洗濯をする。明日の朝には仕事に行って。

 何故そんなことをしなければいけないのだろう。あの子は病室に寝かされているままなのに。

 ぼんやりとそこまで考えて、悲観的になりすぎだと思い直した。明日には意識が戻っているかもしれないじゃないの。

 ……でも、戻らなかったら?

 明日も、明後日も。

 この先も。


「あの……」

 声をかけられて初めて、近くに見知った人物がいることに気づいた。

「木矢部、くん」

 口の中がざらついて言葉がうまく出ない。

 優馬の友達の木矢部きやべさとるは、どこか呆然としたような表情で私を見つめていた。

「……あの子が倒れた時に何があったのか、教えてくれる?」

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