12/9 悟
横断歩道の真ん中で倒れた優馬を前に、俺は何もできなかった。
パニックになって馬鹿みたいに優馬の名前を叫ぶ。ほとんど絶叫に近い声を出してた俺の背中を、誰かがすごい力で叩いた。
「ちょっとどいて!」
「え……」
振り返ると、やたらと背筋の伸びた小柄なお婆さんが立ってた。
その後ろには、数人のおじさんおばさんが。
返事する間もなく、大人達が優馬を歩道の端に寝かせて手首を握ったり顔を覗きこんだりしだした。
「息してない」
「AEDこの辺にどっか置いてあるとこあったか?」
口々に言い合ってる。
「兄ちゃん救急車呼びな!」
お婆さんが俺を怒鳴る。
俺は慌ててポケットからスマホを取り出した。慌てすぎて二回も地面に落とした。
その間にもお婆さんは優馬の顔を動かして姿勢を整えてた。何回か学校とかで見たことある、キドウカクホってやつだ、と頭のどっかで冷静な自分がいた。
「このリズムで押して! ハイ代わって!」
すごい速さで優馬の心臓マッサージを始めたかと思うと、近くのおじさんにマッサージ役を代わった。
「疲れたら他の人が代わってあげて、アンタ何してんの早く電話かけな!」
お婆さんが大人達に指示を出しながら近づいてくる。俺はまだ指が震えて、たった三桁の番号を押すのもできてなかった。何回やっても間違える。
見かねた茶髪のおばさんが「私が呼ぶわ」とスマホを取り出して、数字をタップした。
おばさんは耳にスマホをあてながら「ハイ」とハンドタオルを俺に渡してきた。
そこでようやく、俺は自分が泣いてることに気付いた。
よく見ると公園で遊んでた子供達もわらわらと集まってきて、俺や優馬の荷物を触ったりしてる。
「にーちゃんだいじょうぶ?」と知らない子が背中をさすってくれた。
お婆さんは、元看護師さんらしい。
その他の人達は、それぞれ公園で子供を遊ばせたり散歩してたところを俺の悲鳴を聞きつけて来てくれたと。通報してくれた茶髪おばさんが、そう教えてくれた。
「子供達が思わぬケガとかすることあるから応急処置は結構慣れてるけど、さすがにここまでするのは初めてだわ……」
独り言なのか俺に話してるのかわからない声で、おばさんは呟いた。
救急車が来るまで、大人達は入れ代わり立ち代わり優馬の救命処置を続けてくれた。俺の心配までしてくれた。
遠くにサイレンの音が聞こえてきて皆が少し安心した瞬間、優馬の身体がビクンと大きく痙攣した。
心臓マッサージをしてたおじさんが弾かれるほど激しい動きだった。
驚いてる俺達の目の前で、優馬は何度か跳ねた後、大量の黒い髪を吐き出した。
その場にいた全員が悲鳴をあげた。
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