第4話 冬の大三姉妹
ボクとユマさんは、個人勢だ。
だが昔、ユマさんは大手Vの事務所でユニットを組んでいたことがある。
「冬の大三角」
という題目で、ケルベロスの3つの頭をモチーフにしたユニットを組んでいたんだけど……。
「こんばんは、ユマ」
「いえーいおねーちゃん、元気ー?」
ボクたちが凸配信を終えた直後、意外なお客さんが凸りに来た。
配信ではなく、リアルで。
「ユカ姉さん、ユイ!」
ユマさんが、姉と妹を歓迎する。
メガネを掛けて、結び目の低いポニーテールの女性が、長女のユカさん。
ザクザクのショートカットの少女が、三女のユイちゃんだ。
「いらっしゃい、ユカさん、ユイちゃん」
「ほんとだよー。来てくれてありがとうっ」
ユマさんは、顔こそ喜んでいるように見える。
だが、複雑な気分なのは確かだ。
「ユマさん、ボク、席外そうか?」
「いいえ。一平さん、あなたにもいてほしいの。今日は、元『ケルベロシスター』として来たから」
ユカさんが、こたつにも入らず正座をする。
ユイちゃんも。
元って……。
「ふたりとも、じ、事務所は!?」
「やめたよ」
ユイちゃんが、冷たく言う。
ケルベロシスターとは、ユカ、ユマ、ユイ三姉妹のユニット名だ。
「おおいぬ座α星のシリウス」がユイちゃん。
リーダーで、「オリオン座α星ベテルギウス」が、ユカさん。
そして、元メンバーの「こいぬ座α星のプロキオン」が、ユマさんだった。
どうしてユマさんがこいぬで、ユイちゃんがおおいぬかというと、ユイちゃんはバレーをしていて三姉妹で最も長身だったから。
ちなみに、ユマさんは三姉妹で一番巨乳だが一番チビだ。
冬にデビューしたから、『冬の大三角 ケルベロシスター』の名前で、三人で一人のユニットという売り方をしていたのである。
つまり、ユマさんの前世はアイドルだった。
だが、なぜかユマさんだけ、人気が突出していく。
ユマさんにばかり、ピンの仕事が入ることに。
そのため、三人同時売りというシステムが崩壊する。
三姉妹は仲良く配信をしていたが、ファンの間には亀裂が生じてしまう。
困ったユマさんの相談に乗っていたのが、男性Vの事務所にいたボクだった。
しかし、熱愛報道されてしまう。
結局、ユマさんは事務所から切り捨てられることになってしまった。
かつてオリオンとおおいぬが、魔物退治のためにこいぬを天の川に置き去りにしたように。
責任を感じたボクも、事務所をやめる。
そこから本格的に交際をはじめて、個人勢・夫婦Vとして活動することにしたのだ。
ほとぼりが冷めるまで、二年はかかったかな。
「だいたい、あの事務所はタレントを大切にしないの。熱愛が出たら切る、少しでも活動期間が停止したら切る、で」
「そうだよ。それにウチらもある程度売れちゃったから、もう事務所にいる意味がなくなっちゃって」
二人は、個人勢として再結成し直すという。
事務所は自分たちで立ち上げて、ユイさんを売り込んでユカさんは時々配信する裏方に回るらしい。
「おめでとうございます」
ボクは三人にお茶を出す。
「ありがとー」と、ユイちゃんが真っ先に手を出した。
ひとしきりしゃべって疲れたのだろう。ユカさんは一礼をして、お茶でノドを潤した。
「それで、相談なんだけど、再結成しない? また、三姉妹で」
「うんうん。ノルマとかに追われたりしない。熱愛っつっても、二人はラブラブだから入る余地なんてないよね。だから、何を言われたって怖くない」
「もちろん一平さんも、所属してくださると、助かります」
「うんうん。おねーちゃんを大事にしてくれて、ありがとー」
ありがたいといえば、ありがたい。
いくら元トップスターといっても、個人勢では伸び悩んでいる。
大きい事務所をやめてしまった障害は大きく、案件などで、苦労することも多い。
ボクたちの前世を知っているアンチも、まだわずかに残っていた。
新規の事務所に守ってもらうのも、手かもしれない。
「ありがとう。誘ってくれて」
「では」
契約書を出そうとしたのだろう。ユカさんがカバンに手を伸ばす。
「でも、ちょっと考えさせて欲しい」
ユカさんが、ユマさんの言葉でトーンダウンする。
「そ、そう。ごめんなさいね。いくらなんでも、急だったわね。ユイ、帰るわよ」
ユカさんとユイちゃんが、立ち上がった。
「では一平くん、考えがまとまったら、連絡をください。今日は帰ります。お邪魔しました」
「ばいばーい。お茶ごちそうさまー」
二人はペコリとお辞儀をして、帰っていく。
「ユマさん、いいの」
「いいのっ」
その日、ボクたちは夜明けまで話し合った。
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