第五話 桃院尚哉の忠告

 桔梗ききょうの許嫁として、春芽はるめが選ばれたのは、彼女が産まれる三年前。

女児が産まれたら、と言う前提で、親同士の間で話がまとめられた。


 春芽は、物心ついた時には。

「わたしは、桔梗様のお嫁さんになります。」

と、ろくに意味がわからないまま、言っていた。


 春芽の母は、胎教で。

「あなたは、桔梗様のお嫁さんになるのよ。」

と、言い聞かせていた。


 更には、春芽をほめる時「桔梗様の嫁」と関連付けていた。

その他、息をするように「桔梗様の嫁」と繰り返し、「桔梗様の嫁」になることが、春芽の人生にとって最良のことである、と、思い込ませたのである。


 甲斐あって、春芽は、少しも疑問を感じることなく、桔梗に初めて会う日を心待ちにした。

約束通り、春芽が小学校を卒業した十二歳の時、桔梗と対面を果たす。


 一度結婚すれば、桔梗がどんな態度を取ろうとも、離縁さえしない限り、決して桔梗の妻と言う立場はなくならない。


 春芽が、桔梗と帝の出会いに居合わせたのは、中学入学までの期間、桃院家に滞在していた為。

桃院家で早くから過ごすことで、桃院家に慣れ、桔梗と親交を深める目的があった。


 桃院家の当主ともなれば、愛人の一人や二人いてもおかしくない、と、言い聞かせられてきている。

名家当主の嫁になるという事は、そう言う事だ、と。


 愛人以前に、嫁とはいえ、親同士が勝手に決めた相手だ。

好きになるか以前に、興味を持つかすらわからない。


 嫁だからと言って、何も桔梗にとっての一番になる必要はない。

なろうとする必要もない。


 冷たく当たられ、無視され、嫁としての役割を果たせない状況になる可能性もある。

どれだけ懸命に心を尽くしても、心を向けられないかもしれない。

それでも、決して心折れないように。


 冷たくされても、罵声や怒号を浴びせられたとしても、やるべきことをやるように、と、教えられてきた。


 だから、春芽は、常に微笑み、何を言われても、どんな態度を取られても表情を変えないよう、心がけている。

いつでも桔梗の望むことを肯定する、と、心に決めていた。


 名家の嫁は、子供を産むことが最も重要な役割だから、早く子供を産めと何度も繰り返し言われるのが当たり前。

だから、菊乃から言われても平気でいられるように、春芽の母が早いうちから。

「子供は早く産めば産むほど良い。」

「子供を産むのが務めだ。」

と、耳にタコができるほど言い続けていた。


 春芽の母は、自分自身が嫁入りした後に、姑から散々念仏のように言われ続け、衝撃を受けたから、娘には、予め慣れておいてほしかった。

それも、「こういう風に言われるからね」などと言うアドバイスではない。

当たり前の感覚として植え付けられるように、言い続けたのだ。


 名家の嫁としての教育を一身に受けてきた春芽は、一般常識には疎いかもしれない。

一般的な常識と、かけ離れすぎないよう、小学校は公立。

中学校も公立へと通う予定になっている。


 桃院家の嫁。

それが、春芽の存在意義。


 みかどは、まだ八歳。

春芽が桔梗の許嫁だという事を、理解していない。


 客間へと押し込めた帝へ、公苑くおん大山が言い聞かせようとしたその時、工氏郎こうしろうが客間へ至った。


 「公苑の。帝さんに、いま全てを理解させようとするのは無理な話だ。いずれ自然とわかる時は来る。」

桃院を守ろうとする気持ちは工氏郎は理解している。

しかし、帝ばかりが負担をかけられるのは、あまりにも不条理すぎる。


 まだ何かを言いたげな大山へ、工氏郎はため息交じり。

「公苑の…。帝さんに説くのが、ご当主ならばいざ知らず、お前さんは公苑の当主ですらなかろう。」

立場をわきまえろ。

と、言われたのだと、大山は悟った。

「…差し出がましい真似をいたしました。私は下がります。」


 公苑の現当主は塚本だ。

塚本の息子である大山は、三五歳になるが、工氏郎から見るとまだ若い。


 塚本は、工氏郎が痴呆と診断を受けたと話していたが、実際に対峙していみると、そうではないことがわかる。

絆師には、少なからず、起こり得ることだ。


 科学的に説明することは出来ないから、医者は痴呆だと診断する。

だが、目に見えないものを扱う世界でこそ、わかることがあった。


 工氏郎は、初代の工氏郎に憑かれているのだ。

絆師がどうにも絆を動かせない時、その原因として霊が関係していることがある。


 また、意識を失った人が、絆を介して言葉を伝えようとすることがあり、生霊に取り憑かれたような状態になることがあるのだ。

どちらか片方だけでは成立しない。

絆と、霊魂の作用があって初めて成立する。


 絆師だけでなく、霊媒師、言霊師、占い師など、関わりの深い能力者がいくつか存在している。

霊媒師の一家として、特に有力なのは、六道りくどう家。


 工氏郎は、既に六道家によって、初代工氏郎の霊が憑いたために人格が変わった、と、断定されていた。

事実は、意図的に一部の者のみに共有されている。


 さこ家の中でも、『工氏郎』と言う名前には、その名自体に呪いがかかっている、と、言い伝えられてきた。


 「「すがる、べにかみ。おまけにろうときた。

なんとも血なまぐせぇ名だと思わねぇか?」

明治時代。

先代の工氏郎が、初代に憑かれた際、自ら語ったことだ。


 「絆師の名なら、工氏でいいじゃあねぁか。それを、わざわざ『郎』とつけたんだ。」

年代物の煙管をふかしながら、工氏郎は語り続けた。


 「女郎の色恋沙汰。果ては、刃傷沙汰を思い起こすねぇ。」

五十を過ぎた男のものとは、おおよそ思えないような色香を漂わせ。

「女郎の母親がつけた名さ。」

と、窓辺にもたれかかって煙を吐き出しながら語る様に、見惚れていたのは、公苑家の者だ。


 煙管は、美しい細工が施されていたであろう面影が、微かに見て取れる。

恐らく女性用に作られたそれは、正にいま話している初代工氏郎の母の持ち物だったに違いない。


 「追家ってのは、特殊な一家でな。内田家に拾われ、苗字を授かった。」

工氏郎の膝に置かれているのは、煙管が収納されていた箱だ。

ついさっき、中身を取り出したのだろう。

古びた木箱だが、きちんと保管していたことがわかる。


 工氏郎は、指先で箱の表面を撫でながら。

「なんせ、あっしは女郎が産み落とした男児だからな。

苗字なんてありゃあしない。いや、あるいは、絆師の家に産まれ、売られた女郎だったのかもしれねぇがな。」


 工氏郎と名付けられた者は、代々、初代に取り憑かれてきたらしい。

それは桃院家が管理している絆師の歴史の中に、記録されている。


 「その辺り、血筋のことに関しちゃあ、羅家の方がよく知ってるんじゃねぇのかい?」

一部消失、焼失している資料があるため、追家の発生については、桃院家も詳細を把握していない。

もとがどこかの絆師の家系だったのか否か、確認しようがないのだ。


 「昔は、家の縛りなんぞなかった絆師が、いまじゃ、家に限って産まれてくるんだろ。呪縛としか、考えられねぇな。」

桃院家にとって、初代工氏郎の話を聞くのは、欠けている昔の記録を補う貴重な機会と言える。


 追家に初代工氏郎らしき人格が現れる度に、六道家へ確認し、度々話を聞いてきた。

当然、尚哉は知っているし、公苑塚本も周知のことだ。

だが、大山は聞かされていなかった。


 初代工氏郎の記録は、公苑家が管理している。

当主が代替わりする際に引き継ぐものだから、大山はまだ知らなかった。


 「記憶はちゃんとあるんだよ。こいつの生きてきた人生そのものは、しっかりここにある。だから、おめぇさんのことも、わかってるよ、帝さん。」

大山が退出した部屋で、帝と二人になった工氏郎が、語り掛けた。

「そう、ですか。」


 「あっしは、初代の工氏郎だ。区別したいなら、初代なり、工さんとかなんとか、適当に呼びな。」

「それでは、工さん、私は桔梗さんと会わないようにされているのでしょうか。」


 「そうさな。お前さんと桃院の坊ちゃんとの間にある絆は、厚いからな。会えば歯止めが利かなくなる。だが、会わずにいられるもんでもねぇよ。そのうち、嫌でも会うことになるさ。」

「それでも、会わせないようにしている、と、いう事でしょうか。」


 「人間の心ってのは、およそ単純にはいかねぇもんなのよ。お前さんにはまだ難しいだろう。いや…わかったとしてもな、お前さんにそんなことを気に病ませるのは、筋がとおらねぇって話だ。」

「…工氏郎さんとは、もう、お話しできないのでしょうか。」


 初代工氏郎は、少し寂し気に微笑み、帝の頭を撫でた。

「おねんねしてんのさ。この先、目を覚ますか、わからねぇな。」

脳出血を起こして倒れた工氏郎の身体は、医学的に見て起き上がって話せる状態ではない。

しかし、脳については解明されていないことが多いから、未知の領域で起きていること、とも考えられる。


 「工さんは、いつの時代の人なんですか。」

「元禄あたりだってぇ話だよ。あっしが生きていた時分には、いまが何時代だのと気にかけちゃあいなかったからなぁ。」

帝には、元禄時代が何年くらい前なのかわからなかった。


 「帝さん、いまは何年だ。」

「一九八三年です。」

「…元禄時代は、だいたい三百年前だな。」


 帝がピンと来ないまま呆けていると、そこへ桃院家、現当主の尚哉が入ってきた。

「こんにちは。」

帝が立ち上がって挨拶すると、初代工氏郎も続いて挨拶した。

「お邪魔しております。」


 「工氏郎さん、お身体の具合はよろしいのですか。」

「ええ、なんとか。」

「帝さん、桔梗と対面したらしいね。」

「ほんの少し、お顔を拝見しました。」


 「そうか。…この先、君には迷惑をかけることになるだろう。

君は、桔梗に会いたいとは思っていないようだけれど、桔梗は君に会いたがっている。」

桔梗は高校生、帝は小学生だから、それぞれ平日は学校へ通っている。

絆の調整を行うのは、土日祝日か長期休暇である。


 帝が桃院家に来る際には、桔梗を眠らせるように菊乃が徹底していたから、これまでは会わずに済んでいた。

料理に混ぜられたり、飲み物に入れられたり、桔梗はどのタイミングで飲まされているかもわからない。


 だから、睡眠薬に耐性をつけるために、わざわざ普段の生活の中で睡眠薬を飲むようにした。

夜、寝る際に、同じ種類の睡眠薬を飲むようにしたのだ。


 菊乃はもちろんそのことを知っているが、耐性が付いたところで、効果が全くなくなるわけではない。

せいぜい効きづらくなる程度だし、そう簡単には効きづらくなることはない、と、考えていた。


 しかし、桔梗はもう一つの対策を取っていた。

一度に混ぜられる睡眠薬の量は限られている。

水を多く飲めば、少しでも効果が薄くなるかもしれない、と、考え、帝が来るという情報を得た時には水を多く飲むようにしていた。


 実際効果があるのかは怪しいが、他にもカフェインを摂るなどして、睡眠薬に対抗しようと試みていた。

決して身体に良いとは言えない。


 そもそも、本人の了承を得ずに、睡眠薬を飲ませていることに、大きな問題がある。

それ自体を防ぐことが出来ないのなら、もはや他の手段で対抗するしかない。


 そうして、半ば無理に、帝が来る時間に起きていられるようにした桔梗は、帝が来た気配を察知して部屋から顔を出した。

睡魔に負けそうになりながら、それでもはっきりと帝の姿を目に捉えた。


 帝に駆け寄って抱きしめたい衝動は、頭で考えて行動に移そうとしたのではない。

身体が動いていた。


 春芽が止めなければ、菊乃に目撃され大騒ぎになっていただろう。

冷静さを取り戻した桔梗だが、春芽に礼は述べなかった。

春芽も、許嫁として菊乃に言いつけられているのだろう。

礼を言う事ではないはずだ、と、考えた。


 「ごめんなさい。おケガはありませんでしたか?」

馬乗りどころか重なるように乗ってしまった春芽は、無駄のない動きで退いてから、桔梗の身を案じた。

「…ああ。」


 「菊乃様に見咎められなくて、何よりでした。」

その言葉が、桔梗には。

『私のおかげで、菊乃さんに見つからずに済みましたね。』

と、聞こえた。

「恩着せがましい言い方をするな。お前も、俺と帝を会わせたくないのだろう。」


 「いえ…。桔梗様がなさりたいことを、わたくしは止めません。」

桔梗は、相手を敵だと認識することで、春芽に対する目が曇っていることを自覚していない。

「どういうつもりだ。」


 「わたくしは、ただ、桔梗様の嫁としてあるべき姿を志しているに過ぎません。」

春芽は、敵対視されているから、猜疑心と言うフィルターを通して見られていることを認識していた。

「よくわからないな。」


 「尚哉様や、菊乃様が何と仰ろうと、桔梗様が桃院家のご当主になられた時には、桔梗様が全てをお決めになられるのです。

桔梗様の嫁たる者は、桔梗様のお決めになられることに従うべきだと考えているだけです。」


「お前は、桃院家の跡継ぎの許嫁、ではないのか。」

「はい。桔梗様の許嫁であり、桃院家の跡継ぎの許嫁、とは考えたこともございません。」


 この時、桔梗は春芽との結婚を心に決めた。

親が勝手に決めた許嫁などと結婚してたまるものか、と、考えていたが、春芽はあくまでも桔梗の意見を聞き入れると言っている。


 桃院家の未来、名家の存続のことばかりを考えている者達ばかりが周囲にいる中で、初めて現れた味方。


 「俺が帝と会おうが、帝だけを愛そうが、構わないという事だな。」

「ええ、構いません。」

「子供を作らないと言っても?」

「尚哉様と菊乃様の前では同意できませんが、桔梗様が子供を作りたくないとおっしゃるのなら、従います。」


 「…。」

「わたくしは、そろそろ失礼いたしますね。」

「春芽。俺はお前を利用する。それでいいんだな。」

「そこまで念を押されるのは、さすがにくどいですね。」

春芽は片方の下瞼を人差し指で下方向に引き下げ、舌を出して見せた。


 「春芽の子供らしい姿を、いま初めて見た。」

と、桔梗は苦笑いをする。

その間もずっと、眠そうに目を瞬かせていた。

「桔梗様、少しお休みになられた方がよろしいのでは?」


 「…ああ、そうする。」

「おやすみなさいませ。」

「ーーーーー…おやすみ。」

桔梗が口元で小さく小さく呟いた言葉は、春芽に届かなかった。

春芽は気にも留めず、部屋を後にし、与えられている居室へと戻る。


 「わたくしも、桔梗様の笑顔を初めて拝見しました。」

居室へ戻った春芽は一人呟いた。


 尚哉は、菊乃の行動に困り果てていた。

絆師曰く、二人の間にある強すぎる絆は、周囲の者がどうこうできる次元のものではない。

桃院家の当主として、どういうことなのかは十分理解できる。


 「止めたって仕方のないことだ。桔梗の身体に負担をかけるだけなのだから、いい加減やめれば良いものを。」

「ご当主は、どうなさりたいので?」


 「私は、二人があって想い合うのを止める気はない。桃院家の当主として、桔梗が務めを果たしてくれさえすればいいんだ。ただ、菊乃は良しとはしないだろう。この先、二人の関係の変化と共に、ひどい態度を取ったり、聞くに堪えない言葉を君に浴びせるかもしれない。」


 「ご当主、帝さんは内田家のご子息ですよ。」

ただでさえ、侮蔑の言葉を浴びせられる機会は、一般的な絆師と比べて多い。

「内田を呪われた一族と言ったり、私のことを呪われた子どもとかそういう言葉には慣れています。」


 「…八歳の子供に慣れてほしくはないことだね。」

帝は、尚哉と初めて会った時の印象と、いま話している雰囲気のあまりの違いに瞬きが増えていた。


 「内田の背負った宿命ですからね。」

工氏郎も、尚哉が現れてから、元に戻ったような雰囲気の話し方をしているから、尚更だ。


 「何と言ったらいいのか。君が産まれてから八年間。最初は私も菊乃と同じような気持ちでいた。だが、年々考えが変わってきた。」

「坊ちゃんを、将来支えるのは帝さんでしょうからね。」

初代工氏郎は、トゲのある言い方をした。


 「ああ。理屈ではないことがある。本来、そう言う事にさといのは女性の方だろうけどね。菊乃があそこまで意固地になるのは、きっと私のせいだから…」

帝は、尚哉と工氏郎が何を話しているのか、あまりわかっていない。


 「帝さん。君にとって辛いことを私は君にお願いする。どうか、何があっても桔梗から逃げないでやって欲しい。」

長椅子に腰掛けたままとはいえ、頭を下げる桃院当主に戸惑う初代工氏郎。

桃院家は、尊大とまでは行かないまでも、腰が低いと形容できる印象ではない。


 「…ご当主、それはあまりに酷ってぇもんだ。」

「そうだな…。いや、本当に。勝手を言ってすまない。」


 しばし、沈黙が流れた後。

「ご当主。もしも、帝さんが逃げたとしても、結局、最後には二人一緒に居ることになりますよ。坊ちゃんと帝さんの間にある絆は、そういうもんだ。」

「そうですか。それなら良いんです。」


 「ご当主、どうなすった? あなたにしては、どうも感傷的だが。」

「…いや…私にとっての心の支えが、手折られてしまってね。」

「名家の宿命ってやつかね。」

結婚相手を決められるのは、名家の宿命。

尚哉も、菊乃との結婚を、親同士が決めていた。


 「出会ってしまったら、もうどうにもならない。」

結婚後に、本当に愛する人と出会うことは、往々にして悲劇になる。

尚哉の愛人は、尚哉にとって、心の支えだった。

不倫相手を意味する愛人ではなく、本当の意味での愛する人だった。


 「ご当主の心の支えだった方は、どうなさったので?」

言いながら、初代工氏郎は尚哉の絆を見ると、相手が不在の太い絆があった。

相手とは最近切れたばかりのようで…


 「まさか」

初代工氏郎は、悟った。

明らかに切断された絆。

そんなことが出来る絆師は内田家だけ。

「菊乃がそこまでするとは思っていなかった。」


 尚哉は涙をこらえ震えている。

内田家は、よほどの事情がない限りは依頼を断らない。


 「坊ちゃんと帝さんの間にある絆は切れるものではないし、どちらかが命の危険に陥れば、もう片方も命の危険に晒される。手出しは出来ない。」

「だからこそ菊乃は、帝さんへつらく当たったり、罵声を浴びせたりするに違いない。決して、負けないで欲しいんだ。」


 「…」

帝は何と答えてよいかわからなかった。

 

 「さすがに、今すぐは起こらないと思う。だが、この先必ず起こる。」

「覚悟をしておけって、事ですね。…だ、そうだよ、帝さん。」

「…はい。」


 「今日のところは、二人が対面したことに、菊乃は気が付かなかった。この先も、公苑になるべく気を付けさせる。」

「しかし、どんなに気をつけたところで、一番問題なのは坊ちゃん本人なわけですね。」


 「ああ。年齢も年齢だから、歯止めが利かないかもしれない。なるべく一人にはならないでくれ。」

帝は、尚哉が話したことがあまりわからなかったが、自分が理解できたところだけには。

「わかりました。なるべく一人にならないようにします。」

復唱して返事をした。


 「八家にも通達を出した方が良いでしょう。なんなら、私から知らせておきますよ。」

「初代様、喋りやすいようにしてくださって構いませんよ。」

帝も、感じていた。

初代工氏郎は、工氏郎の話し方に寄せているつもりだったのだろうが、妙な話し方になっていて、なんだか落ち着かなかった。


 「…こっちも構わねぇよ。年上ってわけじゃねぇんだからな。」

ため息混じり、初代工氏郎が応じた。

「しかし、三百年前ですからね。」

「年寄り扱いをするんじゃねぇ、よ。」

妙な色気に、尚哉は目を見開き、同時に公苑家が残した文書を思い起こしていた。


 「あっしの色気は母親譲りのもんだ。老若男女引く手数多だったんだ。

あてられるのは、正常だから安心しな。」

「ふふっ。そんなことをサラッと言ってみたかったですね。」

帝は、頭の重さに任せて小首を傾げていた。



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