第4話 MaTsurika以外のアイドル

「お、おはようございます……! えっと、あっと……体調は、大丈夫でででしたか、社長……」

 お辞儀をし、私とは目を合わせないまま、紫音くんはそう問いかける。これではまるで、彼のせいで私が倒れたみたいだ。

「心配してくれてありがとうございます。幸い、大したことはなかったです」

「そ、そうですか」

 一応、本気で心配はしてくれていたようで、私の返事にホッと息をついてくれる。元々彼はそれほど外向的なタイプではないし、特に女性には苦手意識があることはマツショクのおかげで知っていた。だから、まぁ、私に対して萎縮するのは分かる。しかし、ヒロインである桃菜に対しても、ここまで怯えてはいなかった。これはもう、ジャスティナのせいで女性が苦手になった説が浮上してくる。とはいえ、これまでジャスティナとして生きてきた中で、彼を虐めるようなことはした記憶がないのだが……

「紫音〜、今日は社長直々にご指導ご鞭撻頂けるんやで〜?」

「ひっ……そ、そう、なんですね」

 出てる出てる、顔にも声にも恐怖が出てるよ紫音くん。

 彼の弱点はやはり取り繕うのが下手なところだろうか、素直さは間違いなく人間としての武器だけど、マイナスな感情が目立つのは、彼自身が危うい立場になりかねない。

 でもまだ、彼らはCDデビューもしていないし、ゆっくり成長出来ればいいだろう。――それまで、私がプロデュース出来るかは分からないが。

 その後、四人のパフォーマンスを鑑賞し、やはりMaTsurikaはトップに登り詰めるポテンシャルがあるのだと再認識することができた。


***


 前世を思い出してから、二週間程が経った。今日は、心臓の検査結果が出る日だ。父以外で、検査のことを知っているのは緑さんだけ。そのため、社長室を出て事務所の方へ彼を呼びに行く。一人で行ってもいいのだが、以前蒼の前で心臓が痛くなったことを思い出すと、自分で運転するのは少し不安があった。

 運動がてらいつもは階段で登っていた階に、エレベーターで向かう。エレベーターが開いてすぐ目の前に、各アイドルのマネージャーが集まるフロアがあるからだ。社長室のある四階から、目的のマネジメント課がある五階へと足を踏み入れる。

「え〜、だってMaTsurikaって社長のオキニってだけじゃないですか」

「個々での活動もぱっとしませんしねぇ」

「余り物の寄せ集めですよね〜正直」

 そんな私の耳に入ったのは、予期せぬ言葉たちだった。改めて視線を前に移せば、マネージャー数人がホワイトボードの前に集まり会話をしている。どうやら、今後の各アイドルの売り出し方について相談会を行っていたようだ。それ自体は素晴らしいことなのだが……内容が不穏である。

 ちなみに、MaTsurikaには専属のマネージャーがいない。それは、まだ彼らが成長段階だから。Id∞lでは、人気なグループには専属マネージャーがつく。MaTsurikaは、まだその段階では無いのだ。そして、今は複数のフリーのマネージャーたちに助言や仕事を貰っている状況である。

 MaTsurikaがどれほど努力しているか、マネージャーたちも知っているはずなのに……と、心が痛くなった。もちろん、努力だけで売れる世界ではない。だけど、MaTsurikaには売れるだけのポテンシャルがあるのだ。そう思っているのが、この場で私だけだという事実は胸に鈍く刺さる。

「そうそう〜! 若社長のタイプをかき集めただけのアイドルなのに――」

「……! お、おい、中野!」

「えぇ? なんですか、急に……、っ、あ、しゃ、社長」

 一人の社員をきっかけに、私に気付いた彼らは、おはようございます! というまるで軍隊のような挨拶と、お辞儀を飛ばしてくる。そして、私の次の言葉を待つ、気まずい空気が流れた。

 彼らの大半は、私よりも年上だ。実際は色々な試練を課されているとはいえ、実質親のコネで社長になった女が気に食わないというのも、現状が作られている原因だろう。ならば、ここは毅然とした態度を崩してはいけない。心の中で、頬をパンパンと叩いて気持ちを切り替える。

「高槻緑は、今どこにいるでしょうか?」

「部長は、資料室におります……」

「そうですか」

 あぁ、なんだか現代社会が舞台ではあるけど、この状況は悪役令嬢っぽい。扇子を口元に掲げるような気持ちで、ハキハキと発声をする。

「皆さん。顔を上げてください」

 ひとり、ふたり……と、少しずつ青ざめた社員の顔が見えてきた。

「今聞いた内容については、とりあえず問いただしません。愚痴を言わないとやっていけない事もあるでしょう」

 会社に不満を持たない人間が、この世に存在するとは思えない。いくらMaTsurikaを信じているからといって、彼らにもそれを強要するつもりはなかった。

「……ですが。時と場所を弁えてください。ここは事務所内で、いまは勤務中です。いつアイドル本人がやってくるかも分からない場所です。事務所は、アイドルを売り出し守ってあげる場であり、傷つける場所ではありません。肝に銘じてください。次はありません」

 マネージャーたちの「はい……!」という声が重なる。釘を刺すことに成功した私は、目的の緑さんに会うため資料室の方へ行こうと思ったが、ごたついている間に彼が必要書類を確認し終えて戻ってきた。怯えきった部下たちを見た緑さんはギョッとしていたが、必要事項を同僚にいくつか伝えるとすぐに私の送迎準備を始めてくれる。

「それでは行きましょうか」

「はい。運転よろしくお願いしますね」

 改めて、マネージャーらに挨拶をしてエレベーターに戻っていく。扉が閉まる直前、慌てて駆け込んでくる人影があった。

「す、すみません! 乗ります!」

 金髪碧眼の、王子様のようなビジュアルが視界に飛び込んできて、思わず目を見開く。隣に立つ緑はんが、私と彼を見て、小さくため息をついた。

「宙くん、社長がいるからもう少し落ち着いて……」

 要約:社長がいるエレベーターに駆け込むなんて無礼だぞ! である。

「緑さん、大丈夫ですよ。宙くん、何階ですか?」

「あっ……三階です」

 言われて、三階のボタンを押した。社長にやらせてしまった緑さんと宙くんが気まずそうで、なんだか申し訳なくなる。

 宙くん――本名、篠宮宙。私が社長になるよりも前に、この事務所でアイドルとして活躍してくれている子だ。彼には専属のマネージャーがおり、私が彼にすることはそれほどないためMaTsurikaに比べ関わりは少ない。そんな宙くんだが、実はマツショクの登場人物である。とは言っても、無印ではなく、マツショクFDの新キャラとしての登場だ。

 無事ヒロイン桃菜とくっついたMaTsurikaの面々は、FDで更なるライバル宙くんとぶつかるのである。彼自身は至って真面目に仕事をこなすカリスマアイドルで嫌味なところもないのだが、立場上どうしても障害物扱いになった末敗者にされるのが少々可哀想だった記憶だ。何となくシンパシーを感じるが、完全なる悪役だったジャスティナとは違い、宙くんは緑さん同様オタクからたいへん好かれるタイプのキャラだった。ジャスティナと同じに扱うのも失礼な話だろう。

「宙くんは、これからレッスン?」

「はい。でもなんだか、高槻さんが一緒にエレベーターいると、昔を思い出しますね。一緒に現場行くような気がしちゃいます」

「あぁ……緑さんは、昔宙くんのマネージャーをしていたんでしたか」

「えぇ。社長がまだ入社もしていない頃ですね。宙くんが売れてくれたおかげで、僕も昇進した感じです」

「高槻さんのおかげで売れたんですよ」

 宙くんは現在二十二歳。入所は十五歳だっただろうか。その頃から、彼はトップを走り続けている。それを傍で支えたのが緑さんだと思うと、嬉しくなった。緑さんは先程までのマネージャーらとは異なり、MaTsurikaに一目置いてくれているから。彼らは絶対大丈夫だと思える。

 エレベーターが三階に到着し、ドアが開いた。宙くんは、輝く笑顔でトレーニングフロアへと消えていく。

 社長としても事務所の柱である宙くんを大切にしたいし、元・茉莉としても、彼の成長は見守ってあげたいなと思ったのだった。

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