第3話 MaTsurikaのメンバー

 ドンドンと、強いノックの音で目を覚ます。カウチでかなり熟睡してしまったらしい。知らぬ間に、蒼が私の手を握っていたことにギョッとするが、とりあえずドアの方に目を向けた。透明なドア越しに、赤みがかった茶髪に白いメッシュを入れた青年が腕を組んでこちらを見ている。

「紅夜さん!」

 いつからノックをしていたのか、ようやく私と目が合った彼は何だか嬉しそうだ。戸惑いつつもそぉっと蒼の手を外し、社長室のドアを開ける。どうやら蒼がご丁寧に鍵を掛けてくれていたらしい。紅夜を室内に招き入れると、わざとらしくからかうような笑みを向けられる。

「もぉ〜、オレ、お邪魔やった?」

 もしかしなくても、私と蒼のことを言っているのだろう。同じカウチに寝転がっていた訳ではないが、男女が鍵のかかった部屋で手を繋いで眠っていたら、怪しく思うのも当然だ。とはいえ、見られたのが紅夜さんならば、変に動揺することでもない。ごく普通に返事を返した。

「いえいえ。ちょっと休んでただけですよ」

「休んでただけなぁ? まぁ勝手に蒼が手繋いだんやろうけど……メンバー以外に見られたらどうするん」

「ね。後で蒼に注意してあげてください」

 私がそう言えば、紅夜さんは「たはは」と面白そうに笑う。――山田紅夜。蒼と同様MaTsurikaのメンバーにして、関西の方では既に有名なタレントだ。以前は別事務所に所属していたが、お笑いタレントというイメージから脱却するため、自らこの事務所にやって来てくれた。期待の星……だったのだが、ダンスや歌はまだまだ発展途上で、アイドルとしての活動はほとんどできていないのが現状である。とはいっても、彼が入所してまだ一年程度。彼はタレントとしても活動しながらのレッスンになっているためどうしたって忙しいが、気長にやればまだまだ伸び代はあるだろう。

「なぁ社長、体は大丈夫なんか? この前倒れた聞いたけど……」

 楽しそうだった雰囲気から一変して、紅夜さんが真剣な顔つきになった。

「あぁ……そういえば紅夜さんは撮影であの場にいませんでしたね。大丈夫ですよ、ただの過労でしたから」

「そうか……最近、MaTsurikaのプロデュース頑張ってくれてとったからなぁ、無理させてごめんな」

 もしかして、それを確認しに来てくれたのだろうかと思ったが、尋ねてみればどうやら違うらしい。彼は、蒼を探してここにたどり着いたのだそうだ。

「久々にMaTsurikaでレッスンしよかなぁ思うてレッスンルーム行ったんやけど、蒼だけおらんくて。約束しとったわけやないけど、せっかくなら全員で出来たらな思うて探しに来たんよ」

「そっか」

 さすがは山田紅夜。成長の意識が高くて偉い。これだから、彼のことを応援したくなる。

「まぁでもよう考えたら、ジャスティナ様が倒れたのに蒼がレッスンなんかに身ィ入るわけないわな」

「えぇ?」

 そんなことで動揺されては困る。もしかしたら、そう遠くない未来で私は死んでしまうかもしれないのに。ゲームの中でジャスティナが、病気を隠して海外に行った気持ちが分かってきた。

「蒼〜、起きて下さい」

 私は、カウチ傍に戻って蒼の体を揺する。床に座るような体勢だった彼は、浅い眠りだったのか案外すぐ目を覚ました。

「ジャスティナ……」

「蒼、おはようございます」

「……んん、また敬語……」

「紅夜さんが、お呼びですよ」

「……はっ? 紅夜さん?」

 ドアの方に視線を移した蒼は、寝ぼけ眼ながらいそいそと紅夜さんの元に移動する。

「蒼、今からレッスンするで〜」

「え……あ、すみません。今日はジャスティナ……社長の監視をする予定で」

「監視って、言い方が悪いですよ……」

「ん〜、じゃあ社長も一緒にレッスンルーム行きやな。ただ見とるだけでええから!」

「ちょっと……! 社長が口出しせずに見れるわけないじゃないですか、せっかくの休息日なのに……」

「蒼たちのパフォーマンス忙しくて最近見る機会なかったので、レッスンとはいえ楽しみです!」

「……くっ。早く行きますよ」

「ぷっ、ちょろすぎやろお前」

 通常業務をしていると、なかなかレッスンに顔を出したりなんてことはできない。今日が休みだからこそ、彼らの練習を見に行けるのである。それに、前世の記憶が戻って初めてのMaTsurikaだ。いちファンの気持ちがより鮮明なったいま、未熟なMaTsurikaを浴びるのがとても楽しみである。



「燈真〜、紫音〜、ただいまー。蒼連れてきたでー」

 紅夜さんの明るい声と同時に、レッスンルームの扉が開かれる。眩しい照明に目を細めた。

「意外と早かったっすね〜……って、社長!」

 明るめの茶髪を携えた青年が、オレンジ色の瞳をぐっと広げる。慌てて立ち上がり、こちらに向かってお辞儀をした。ボブの髪の毛がさらりと垂れる。

「燈真くん、突然お邪魔してごめんなさい」

「いえいえ! 光栄です!」

 木原燈真、もれなく彼もMaTsurikaのメンバーだ。十八歳とグループ最年少の彼はとても礼儀正しく、たかが二十三歳で威厳も感じられない若手社長にも凄く敬意を払ってくれる。事務所に入所したのは三年前で、ちょうど私が社長に就任した時だった。オーディションに落選しまくっていた彼を、私が拾い上げたらしい。そのおかげで随分恩を感じてくれているみたいだった。こんなにも明るく素直で可愛い子を落とすなんて、ほかの事務所は見る目がないなと心底思う。ちなみに、彼はマツショクの主人公である松田桃菜と高校の同級生だ。事務所移籍後、プロデューサーとしてやってきた桃菜と再会し、恋が始まるのである。

「燈真、紫音は? どこ行ったん?」

「あぁ、紫音さんなら飲み物を買ってきてくれるみたいです」

 ――朝日紫音、彼の姿を思い浮かべる。紫がかかったロングヘアに、紫の虹彩。神秘的な空気を纏う青年だ。年齢は二十歳で、私と蒼より三つ年下。MaTsurikaの中で最も新しく事務所に入った人で、所属してからまだ半年も経っていない。元からダンスは習っていたらしく、表情管理なんかも素晴らしいので私は大いに期待しているのだが……少しだけ問題がある。

「ただいま戻りました……」

 ちょうど、彼が買い出しから戻ってきたようだ。私は緊張を解すように深呼吸してから口を開く。

「紫音くん、お邪魔してます」

「……っ! しゃ、社長……!」

 ドンガラガッシャーン……なんて音が聞こえてきそうなくらい、紫音くんは盛大に飛び退いた。問題というのはこれのこと。私は彼に、とんでもなく怖がられているのであった。

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