苦悩
Side 楠木 達也
「へぇ~僕がいなくても大丈夫なんじゃないかな?」
「そう……」
部屋に置かれたテーブルで採点作業を行いながら茂は感嘆を漏らす。
机に向き合いながら達也は「奇妙な人だな……」と心の中で思った。ゴーサイバーレッドの事とか知ってそうだが特にその事には触れず、それ所か学校に不登校である事について疑問すら投げかけなかった。
まるで太陽光を浴びて元気な向日葵のように明るい笑みを絶やさず達也の家庭教師をこなしてくれた。達也にとってそれがとても有り難かった。だから正直何者なのかも興味が湧かないし、どうして家庭教師を引き受けたのかもどうだっていい。ナオミ・ブレーデルのようなスパイであっても別に構わないとさえ思った。それぐらいこの茂と言う男は都合が良かった。
「夕飯は親で一緒に食べないの?」
「そっちの方が気が楽なんです」
「そっか。じゃあ僕は失礼するね」
そう言って彼が部屋から立ち去ると達也は引き出しから心療内科から渡された薬を取り出す。いわゆる精神を整える薬で数ヶ月間、もしくは年単位での常用を前提とした薬である。効果を疑問視して一度だけ錠剤を断ってみた時期があったがその結果散々だった。もう初めて連続リストカットを行った時へ逆戻りした気分になり、それ以来は欠かさず飲み続けている。
(毎日朝晩含めて錠剤十二粒か……)
机に夕飯の盆を置いて食事を取る。
今は美味しい食感が口の中を包んでいるがスグに苦い薬物が舌の味覚を上塗りするだろう。不気味に思われるかも知れないが達也はその感覚が何となく好きだった。何だか自らに罰を与えていて、そんな自分がとても滑稽に思えて切なくて――リストカットするあの感覚を手軽に味わっている様に感じられるからだ。
リストカットは言う程簡単にはできない。
アレは例え躊躇い傷であっても本当に生きるのが辛くなければ出来ない行為なのだ。だがその分自分の中に溜まった罪悪感を一気に消化できる。自分にとって薬を飲むのと言うのはリストカット程の効果は無いが体が段々とおかしくなっているような気分が味わえる。自分自身に対する自傷、中傷行為を行う事で心の安らぎを得ると言う矛盾。
この気持ちは常人には理解される事は無いだろうし達也もその事は重々承知している。
もっとも、自殺とイジメの前科持ちを持つ達也は薬を飲む行為をどう定義しようと飲み続けなければならないのだが。(だからとても都合がいいのだ)
(…………俺、どうしたいのかな)
最近は段々とそんな事を考えている。
テレビを付けなかったりインターネットをあまりやらなくなったのはゴーサイバーの活躍を知りたくないからだが基地に歩めば嫌が上でも耳に入る。その度に自分は酷い罪悪感に苛まれる。
今は戦いの方は順調らしく、苦戦する時もあるそうだが段々と安定性が取れ始めているそうだが、もしも彼女達の身に何かあったら――
(やめよう)
そこまで考えをやめて布団へ眠りにつく。
風呂や歯磨きはしていないがそんなのは親が起きていない時にでもすればいい。
それよりも薬の副作用による異常な眠気がキツかった。我慢して起きる事も出来るがもう一つの副作用、異常な空腹感に苦しめられる事になる。時計はまだ七時も回ってないがこのまま寝てしまった方が色々と都合が良かった。
大体今寝れば真夜中の四時前後に起きる事になる。
その時に風呂(シャワー程度で済ます事もある)や歯磨きでもすればいい。
とにかく親と顔を合わせる時間は出来るだけ短い方が達也としても気が楽だった。
Side 白墨 マリア
「はぁ……勝ったと言う気がせんな」
「工藤司令……正直隊内の空気は最悪ですよ……」
「このまま放置しておけば重大な惨事に繋がりかねません」
「う~む……」
主立ったメンバーがコマンダールームに集い、議論を交わしていた。
司令官である工藤順作に戦術アドバイザーの寺門 幸男、ゴーサイバーの指揮官を担当している白墨マリア、そして開発者の古賀電助博士だ。
議論の内容はゴーサイバーの隊内に流れる不穏な空気だ。
楠木 達也と桃井 薫である。
前者は人と明らかに壁を作っているようだし、後者はその穴を埋めようと必死になり過ぎてしまっている。
そのせいでサイバーグリーン、佐々木 麗子やサイバーブルー、神宮寺 芳香との連携に乱れが生じてしまっていた。
また無茶な戦い方が祟り、サイバーピンクの消耗が激しく、訓練もドクターストップを掛かる事態になったが言う事聞かずに密かに練習を積み重ねてしまっている。
結果、原因となった達也に関して麗子と芳香の二人は段々と距離を置くようになっていた。
表面上は結束しているように見えるが隊内はバラバラ。
それをどうにかしようと大人達は必至に知恵を絞っているのだ。
「現在新たなスーツ、ブラックとシルバー、そして急遽プロトタイプモデルの実戦配備を進めています。これで新たなチームを作り少女達はお役目御免と言う流れが適切なのでは?」
と、寺門 幸男が能面な表情と不気味な程似合う抑揚のない声で告げた。
「確かにの~予算も潤沢にくれておるし、このまま未来ある少年少女を投入するより国防隊から派遣して貰った方が……」
彼の意見に博士も賛同した。
「ですが……実績と件のプロテクトもありますしそうそう簡単には行かないでしょうね。それに我々国防隊の戦力はただでさえギリギリの状況です。少年少女四人をクビにして三人増員するにしても、もう少し戦力が欲しいと言うのが現実でして……」
「やはりそうなるか……」
「事実です司令」
「いっそもう一組くらいチームを作れたらいいんじゃがそう一朝一夕で作れるもんじゃないしのう……じゃから白墨君、悪いが君に教師のような事をして貰わねばならんのじゃ」
「そうですよね……私の責任でもありますし……」
戦隊物と言うよりまるでスクールドラマのようだと内心マリアはうんざりした。
何度も書くかマリアは元々研究者畑の人間である。それが今やどうだ。研究職とゴーサイバーとしての隊長としての務め、そして隊員の管理までしなくてはならない。
ただでさえリーダーとしての肩書きで押し潰されそうだと言うのにこれ以上の苦労は荷が重過ぎる。出来れば誰かと変わって欲しい。
(でもそれは彼女達も……)
「同じよね」と思った所で疑問符がついた。
芳香や達也は事故であるが薫と麗子はどうなのだろう? 自分の記憶に間違いがなければ確かその場の勢いに任せて飛び込んだ気がするが……
この行動は当時こそ驚きはしたが後々になって、不本意ながら彼達のプライベートを照らし合わせて行く内にあのような行動へ至った経緯が理解出来た。(尚、これはナオミ・ブレーデルのように所属不明のスパイが混じっていないか念のために行われた調査である事をここに記す)
まず薫だがこれはサイバーレッドとなった達也が原因とみて間違いが無い。
本人にも確認済みだ。
達也の中学時代をマリアは本人の口から聞いた事は無いがそれは凄惨を極める物だった。そしてこの時になってマリアは達也が有名人――あのヒーローが飛び降り自殺をした生徒を救出した事から事態が拡大したイジメ事件である事が判明した。
マスコミでも報道され、そしてインターネットでも一時期話題を独占し達也の担任の名前からイジメに参加したメンバーまでもが何もかもが晒し出されたサイトが出来上がった程だ。
マリアはそれを目にして達也と言う人間、そして彼の地獄を見続けてきた薫の行動にも納得が行く。
そして麗子だが――
(もし私が死んだら――家族の事を頼みます)
佐々木 麗子の家庭はその美しい姿に似合わず中々に家庭の経済事情が苦しい家庭だった。
その原因にはヒーローだった父親が絡んでおり、そのヒーローは新年戦争で死亡した。参戦したヒーローの九割が死んだあの戦争でだ。
だから今は女手一つで家庭を支えなければならない事態に陥り、そしてまだ十代半ばの麗子も働かなければならなくなった。
そんな矢先に彼女は自らの意志でサイバーグリーンとなった。
その理由は自分達を残して死んだ父親が絡んでいるのは想像するに難くない。
戦って、死んで残される物の苦しみが分かっているからこそ、そして親友達をそうさせないためにあのような行動へ打って出たのだ。
(本当にそれでいいの?)
(構いません――それに私は・・・・・・リユニオンを許す事が出来ません)
これは薫、芳香も言っていた事だった。
あの大事件でクラスメイトや教員達が少なくない数が亡くなった。
その中に親しかった人がいた。
戦う理由としては単純かつ強力な動機だ。
この気持ちは良く分かる。
マリアも数多くの同僚の死を体験したからだ。正直自分がサイバーホワイトとして率先して戦う一番の理由はこれだろう。
だから復讐は何も産まないだの残らないだのと漫画のセリフを反芻するような事は言えなかった。
唯一の例外は楠木 達也だ。
薬を飲まなければ日常生活すら出来ず、リハビリレベルの訓練でなければ体が持たない引き籠もりの少年。
華特高校に入学しながらもずっと部屋に籠もりきり、人と言う存在に関しては自分よりも達観した目線を持ち、そして自分自身の事に関しては残酷なまでに客観的な評価を下せる男の子。
マリアにとっては今迄出会った事がない異質なタイプ。
精神の専門家の医師によれば「彼に戦う意志はなく、ただ周囲の目線や態度をネガティブに想像し、「戦わなければならない」と自分を追い詰めて戦う」のであり、また「とても真面目かつ神経質で責任感が強く、自分に過度のプレッシャーを与えて薬を飲まなければならない程に自分自身を責めている」とも言っていた。
少々首を傾げる部分もあるが彼の戦う理由とは「自分自身の心を保つため」なのだ。
そう考えた場合、彼を謹慎させたのは返って逆効果――より自分自身を責め立てるのでは無いかと考えた。
(何もしなくてもあの子は壊れて行く。だけど戦わせても壊れて行く――じゃあどうしろって言うの・・・・・・)
Side 桃井 薫
「今日もどうにか生き残れたわね」と芳香が言って、「そうね」と麗子が相槌を打ち、「うん・・・・・・」と薫が暗い表情で返事をする。
三人は戦いを終えて基地を後にしていた。
その帰り道の途中今日の戦いについて話しに花を咲かせていた。
危ない場面はあったが流石に基地の時のような状況には陥っていない。
それでも命懸けの戦いである事には変わりなく、芳香に至っては両瞼を瞑ってハァと肩と頭を落として溜息を吐いていた。今がもしも冬場なら白い息が確実に漏れるだろう。
しかし薫は奇妙な事に達也と一緒に戦えない事に不安を感じていた。
「ねえ、薫――達也とはどうなの?」
芳香の突然の問い掛けに薫は「え?」となった。
「アイツ、私達の事をどう思ってるの?」
「それは――」
「私ね。サイバーブルーになった事・・・・・・後悔している時もあるからアイツの気持ち分かるんだ」
と、芳香は唐突に考えを打ち明ける。
「だけどあの事件(サイバックパーク襲撃の時)で沢山人が死んだでしょ。その中に仲の良かった子とかも混じっててさ・・・・・・・・・その仇を取りたいって言う気持ちもあるのよね」
その言葉に「芳香、それは――」と麗子が何かを言い掛けようとするが「復讐のために戦うなって言いたいわけ?」と芳香が制し、麗子は口籠もる。
「麗子の言いたい事は分かってるけどさ。私そこまで人間出来てないわよ。最初は実感湧かなかったけど、葬式でね・・・・・・あんなの見せられたら・・・・・・」
「芳香ちゃん・・・・・・」
芳香の言いたい事を理解出来た薫は何も言えなかった。
「だけど私達も下手をすれば――ああなるのよね。そう言った点じゃ好きな人がいる薫が羨ましくて、その気持ちを分かってあげられない達也が大嫌いかな」
「それは――」
「私も芳香の言う通りだと思う」
「麗子ちゃんまで?」
「だけど達也の気持ちも分からない訳でもない」
「そうなのよね――イジメられて、引き籠もりになって、どう言う運命の悪戯か昔の夢が今更叶って――どんな気持ちなのかな」
「・・・・・・」
薫には明確な答えは出せなかった。
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