第17話 「7冊でいい」
「お疲れ様です」
彰人はバックヤードに入り挨拶をする。それを見た店長が嬉しそうに言った。
「彰人君、すまないね。北条君が今度コーヒーでも奢るなんて言ってたよ」
彰人はそれに苦笑しながら支給されているエプロンを身に着ける。
鏡の前で身支度を済ませ、今日のシフトをチェックする。今日は主にレジ業務。あとは店内の見回りだった。本屋というのは万引きの被害が大きい。店員が店内を見て回るだけでも被害防止につながる。これから4時間の勤務だ。そのまま店頭へ向かった。
店内を見て回る。立ち読みなどで乱れた書籍を直したり、売れた本のチェックなども同時に行う。例えば3巻だけ抜けているマンガがあれば、すぐに発注をかけられるようにしておくのだ。人によっては全巻欲しくてやってくるお客様もいる。
そういった人をがっかりさせないためにも重要な業務だった。
やがて一人の女性が彰人の元へやってきて言う。
「すみません。”やがて私になる”というマンガを探しているんですけど・・・」
とても綺麗な人だなと彰人は思った。身長も彰人と同じくらい。かわいらしいワンピースを着ていて、お嬢様といった雰囲気の女性だった。
「あ、はい。こちらです」
彰人はその女性を雷撃コミックスの置いてある棚へと誘導する。
”やがて私になる”というマンガは定期的に売れるマンガだった。SNSなどで話題が出ると、その都度全巻購入していくお客様が後を絶たない。その女性も全7巻を購入しようとしていたが、コミックス7巻分だと棚から取るのがちょっと大変だ。それを見ていた彰人は声をかける。
「お客様、私がレジまでお持ちしましょうか?」
「・・・!じゃあお願いしようかしら」
女性は彰人をじっと見つめる。彰人は視線を感じつつ、コミックスを持ちレジへ向かって歩き出した。
レジで本のバーコードを読み取り清算していく。コミックス7巻分のお買い上げだ。
「合計で5040円です」
そう聞いた女性は1万円札を出し・・・
「これで。お釣りはあなたのために使って」
と言った。彰人は困る。受け取るわけにもいかないし、レジ閉めの時に差異が発生して反省文を書かされるからだ。
「お客様、お気持ちは大変ありがたいのですが、受け取るわけにはいきませんので・・・」
そう言ってお釣りである4000円分のお札と硬貨960円をトレイに乗せて差し出す。
それを見た女性は感銘を受けた様子で彰人を見ていた。
そしてレジ袋に入ったマンガを持ち、笑顔で出口へと向かっていった。
「(なんか嬉しそうだったな。案内できてよかった)」
その後もお客様の対応に追われ、忙しく業務をこなした。
その日、21時から大手VTuber”二次改革”の配信が行われた。二次改革のメンバーが定期的に日替わりで行う配信で、その日の担当は大道寺可憐だった。
彼女も手代木花と同じくらい人気のあるVTuberだ。以前、手代木花と問題を起こしたことで二人一緒の配信は現在行われていないが、こうして一人での配信は変わらず行っていた。今日の彼女は上機嫌だった。配信が始まってすぐに開口一番こう言った。
「超優しい店員さんがいたの!」
彼女は興奮していた。誰かに話したくてしょうがなかったのだ。
そんな可憐に対してフォロワーも若干の戸惑いを見せていた。
ジャイマン「お、おう」
二階堂紅しょうが「今日テンション高いなwww」
俺の慈愛はマリアナ海溝より深い「初見です」
たっちゃんパパ「おまwwwなんだよその名前wwwww」
それにしてもネットの住民は様々な名前(ハンドルネーム)があるものだ。
ーあしながおじさんが9999円ぜになげしましたー
ージョージアーッが120円ぜになげしましたー
「ぜになげしてくれてありがとー!でね!その店員さんにねっ、チップを渡そうとしたんだけど・・・受け取らなかったんだよ!」
そして可憐は言葉を溜めて言った。
「謙虚な店員!」
ルナリア「いや、日本でチップ渡すってないでしょ」
鬼軍艦「マジレス乙」
子持ちししゃも「受け取りたくても受け取れないわなwww」
MAX_1204「w」
可憐の配信は基本的に雑談枠で行うことが多い。可憐自身ゲームのプレイ動画を見るのは好きだが、自分でプレイしたいとは思わない。ゲームの結末などもネットで確認して済ませるタイプだ。フォロワーもそれを理解しているので、まったりとした雑談に慣れている人が多い。
病んでるとグレてる「ところでなんの店員なん?」
マッソ「俺も気になる」
可憐はフォロワーを大事にするVTuberだ。しっかりとコメントを見て対応する。
「えーっと本屋さんに行ったんだよ」
紳士服のモナカ「ああ、何の本買ったかわかったわwww」
(´・ω・`)「あれしかない・・・」
やばたにえん「いつか私になる だろ?」
フォロワーは可憐の好みを把握していた。可憐はKKHE幻影戦争以来、完全に百合認定されていたのだ。VTuberに興味がなかった百合クラスターの人たちも可憐の配信を見に来るようになっていた。
「えっ?なんでわかったの???」
松「やっぱりなwww」
たっちゃんパパ「いや、合ってるんかーい!」
雲母「そこはゆりゆり買えよ」
ダイソン「ゆりゆりwwwダイレクトすぎるだろwww」
そんなフォロワーのやりとりを見て可憐は嘆く。
「あれは事故だったんだってばー!!!」
可憐と花の間に何があったのかは未だにネット上で物議を醸している。今回可憐が”それが私になる”を購入したのも、ネットやフォロワーがしつこいぐらいその本の名前を出すからである。可憐自体、あまり百合という感覚がないというのが本音なのだ。親しい女子と一緒に寝ただけなのだが・・・。
チェルシー「事故でああはならんやろ」
半額弁当「確信犯ですね、わかります」
「もーいいよ!これから”それが私になる”読むから!」
いつものことだが可憐も自分が百合と言われるのにいい加減飽き飽きしていた。
どうすればこの状況を打開できるのかをずっと考えていた。
そうして1時間の配信を終了し、可憐は買ってきたマンガを読み始めた。
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