第10話 全面戦争
彰人は自分の部屋に戻ってきた。彰人は着の身着のままベッドへダイブする。今日は朝から気を張っていたので、安心してどっと疲れが出てきたのだ。今日は本当に濃い一日だった。
彰人は都内のアパートに一人で暮らしている。親には最低限の仕送りと学費を負担してもらっている。足りない分はアルバイトで稼ぎ生活費にしている。学費は就職したら全額返すつもりだ。
先ほどからスマホがメッセージの着信を知らせているが、スマホを確認する気力がない。
誰か代わりに見てくれないかと本気で思うくらいだった。
そして、そのまままどろみの中で眠りに落ちていった。
翌朝
スマホが震えている。物凄く身体がだるいがなんとか手を伸ばしてスマホを手に取る。
眠い目をこすりながらスマホの画面を見る。着信件数と未読のLINEの数がすごいことになっていた。学校に行くにはまだ余裕がある。まずはシャワーを浴びようと思い、スマホをテーブルに置き脱衣所に向かった。
シャワーを済ませ髪を乾かす。正直まだ眠り足りないが、学校をサボるわけにもいかない。
朝食はレトルトで済ませることにした。レンジで温めテーブルに置く。そしてスマホに来ていた通知を確認していく。
まずは彩香。
「今日はありがとね。とっても嬉しかったよ。初めてだったから緊張したけど・・・
また抱いてほしいな。今度一緒にどこか行こうね!」
これだけ読むとまるで事後だ。抱いたと言ってあれは事故みたいなもんだし・・・。
彰人は「返信遅れてごめん。昨日はアドバイスありがとう。今度みんなで出かけよう」と返信した。
次に渡来さん。
「お初にお目にかかる。そしてこれが一通目だ。空君と十分イチャコラできたかな?こちらは仕事が忙しくて大変だよ。若いときにしっかり遊んでおきたまえ。ではな」
イチャコラって・・・渡来さんは完全に俺たちのことを誤解しているようだ。
「俺と橘さんはそんなんじゃないですよ~。まだ会ったばかりですし(汗 お礼が遅れましたが、昨日は本当にありがとうございました。お仕事頑張ってください」
と送信した。
そして学校でつるんでいる親友の池上 悟(いけがみ さとる)からもLINEが来ていた。
「22時から花ちゃんの緊急生配信があるらしい。なんか重大発表があるとか!ちゃんと見ろよ!」
すまん悟・・・完全に寝ていた。学校に行ったら配信の様子を教えてもらおう。
既読がついたことを確認し、次のメッセージを確認する。
最後に空からなのだが・・・。
「抱いてください」
「彩香だけずるい」
「抱いてください」
「私も抱かれてみたい」
「彩香だけずるい」
「もう寝てるのかな」
・・・こんな内容のLINEが一定間隔で送られてきていた。彰人はため息をついた。
そしてしばらくそんな短文のメッセージが続いたあと、長文のメッセージがあった。時間はついさっきだ。
「彰人、私はあなたのことが好きです。だからあなたと一緒に歩きたいから学校に行きます。休み時間とか連絡くれたら嬉しいです」
彰人は空の飾りのない言葉に衝撃を受けた。そして”学校に行く”の文字。やはり昨日彩香と何かあったんだろう。彰人は自分の行動は正しかったのだと思った。そして勇気を出して学校に行く空に対して精一杯の応援をしてあげようと思った。
「俺との約束守ってくれたんだね、嬉しいよ。でも、くれぐれも無理はしないで。つらくなったら帰ってきてもいいからね。休み時間に必ずスマホチェックするよ。頑張ってね」
と返信した。
さて、そろそろ部屋を出る時間だ。使った食器を洗い片づける。レトルトだから処理が楽だ。そうして学校へと出かけて行った。
教室に入るなり、悟が彰人に向かって声をかける。
「彰人ー?昨日なにしてたんだ?せっかく俺が花ちゃんの緊急生配信を知らせてやったのによ」
「ごめん。昨日はいろいろあって疲れててさ。帰ってきてから朝まで寝てたんだ」
彰人は眼の下にクマができていた。悟がそれに気づいて心配そうに声をかける。
「おい、マジで大丈夫か?でも昨日の花ちゃん配信は見なくて正解だったかもな」
悟は辛そうに目を伏せる。その様子を見てただ事じゃないと彰人は感じた。
「・・・抱かれちまったんだってよ。あの話っぷりだと絶対男だぜ」
「大道寺可憐にじゃなくてか?」
VTuber手代木花には親友がいる。それは同じ二次改革のVTuber”大道寺可憐(だいどうじ かれん)”という女の子だ。いいとこのお嬢様という感じのキャラクターで手代木花のことを妹のように想っている。ちょくちょくこの二人で配信をやったりしていたのだが、ある時「抱かれちゃった・・・」というタイトルのツイートが物議をかもした。
それは二人でベッドに入り、お互いのネグリジェが乱れた様子を写した写真がアップされたのである。VTuberでありながら中の人の写真であることも問題だったし、本当にギリギリの写真だったのだ。ツイートはすぐ削除されたのだが、一度アップされたら二度と消えることはないのがインターネットの世界だ。消されてもすぐアップされ、ネットの掲示板などに晒されることとなった。
可憐ちゃんと花ちゃんを愛する紳士たちと”やがて私になる”という伝説の百合漫画を愛読している百合クラスターとで全面戦争が勃発したのだ。
結局のところ、可憐×花はノーマルなのか百合なのか、もしかしたら男に興味がないのではないのか。いや、どっちも俺の嫁だよ・・・などなど。
この戦いは”KKHE幻影戦争”として後世に語り継がれている。ちなみにKKHEとは
K=可憐 K=×(かける) H=花 E=エロすぎる の略称から来ている。
それ以来、手代木花と大道寺可憐が一緒に配信することはなくなった。いろんな意味で反響が大きすぎて処理できないのだ。
彰人はこの二人の配信が好きだったし、またやってほしいと思っている。
彰人は自分の知らないうちに大変なことになっていたのだと思った。もしかしたら最近配信しなかったのも、その男が原因かもしれない。
「あー花ちゃん抱いたやつぶっ転がしたいなー」
「抱かれた様子とか何か言ってたか?」
「んー、腕を引かれて相手の胸に顔をうずめた、とか言ってたぞ」
彰人はそれを聞いて彩香を抱いたことを思い出していた。あの感覚は忘れたくても忘れられないほど強烈だった。思い出して身体が熱くなる。
「おい彰人、マジで大丈夫か?保健室行ったほうがいいんじゃねーか?」
悟は彰人の様子がおかしいと真面目に心配してくれていた。
「いや、大丈夫。ありがとう悟」
「まーお前がそういうならいいけどよ」
そして朝のHRが始まるのだった。
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