第9話 友達

彰人は今の自分がどんな顔をしているか確かめたくなったのでトイレに行くことにした。

いろんなことがありすぎて忘れていたというのもある。

「ちょっとトイレに・・・」

「あ、彰人ー!」

「なに?」

「しばらく戻ってこなくていいよー」


彩香はそんなことを言った。彰人はしばらく二人きりにしたほうがいいのかと思い、トイレに向かった。

彰人がいなくなり彩香と空だけになる。空は人見知りということもあり、彩香と目線を合わせようとしなかった。

そんな空を様子を見つつ、彩香はゆっくりと口を開いた。


「・・・あんたさ、学校行ってないんでしょ?」

彩香は空に対して突然そんなことを言った。

「えっ・・・どうして?」

彰人には言っていたが彩香には言ってないことだった。”どうしてそれを知っているの?”という目を彩香に向ける。


「陰キャって言われてーなんて言ってたし?まぁ容易に想像できるよね」

彩香は諭すように言う。バカにしている様子は微塵もなかった。

「・・・私、はっきり物事が言えなくて、そんな態度が相手をムカつかせてしまって・・・」

「で、いじめられるようになったと」

「物を壊されたりとかはないんですけど、なんというか精神的に追い詰められたというか・・・」


物を壊さないというのは優しさからではなく、証拠がでないようにするためだ。空はずっと精神的ないじめを受けていた。そしてそれを誰にも言えなかった。実の母親にも。

「あんたさぁ・・・何か言われてもずっと黙っていたんでしょ?それって逃げてるだけだよ」

「でも!言い返したらもっとひどいことされると思って・・・!」

「何も言わないから相手がつけあがるんだよ?嫌なことをされたら嫌だって伝えなきゃ誰もあんたの心を理解してはくれないから」

「でも・・・!」

空は涙目になりながら叫ぶ。周りに人がいるとか関係なかった。

その様子を見て彩香は優しく言う。


「あんたさ、さっきあたしに言ったみたいにハッキリと自分の気持ち言えるでしょ?学校に行ってそいつに言ってやりなよ。”私は陰キャなんかじゃない”って」


空はこんな風に悩みを打ち明けられる友人が欲しいとずっと思っていた。人に話すことでこんなにも気持ちが楽になるだなんて知らなかった。

「うっうう・・・」

空は泣き出していた。そんな空の隣に座り、抱きしめる。泣き止むまでずっとそうしていた。

「彰人が好きなんでしょ?だったらここまでしてくれた彰人を裏切っちゃダメだよ」

そう言われて空は覚悟を決めたのだった。


空が泣き止んだあと、彩香は自分の席に戻り対面に座っている空に告げる。

「ねぇ、あたしと勝負しよ?どちらが彰人を落とせるか」

自信満々に空にそう言い放った。

「わ、私の愛は!彩香なんかに負けません!」

「彰人はぁ~花のこと好きだしぃ~」

彩香は手代木花の声真似をしながら言う。

「ぐぬぬ・・・花ちゃんみたいな声を出したってダメです!彰人は私のものです!」

「あのさ、敬語やめよ?うちら友達じゃん?」

「友・・・達・・・」

空は同性の友人ができたことで感動していた。彩香は友達であり好敵手<ライバル>なのだ。

「はい!・・・いえ!うん!絶対負けないから!」


空のスマホにLINEの新着メッセージが来ていた。実はさっきから一定間隔で来ていたのだが、スマホの持ち主はそれどころじゃなかった。

メッセージの送り主は彰人である。彰人はずっとトイレの個室で空にLINEを送っていた。


やることがないので個室でヌイッターのタイムラインを確認したり、”壁ドン”のキーワードで検索をかけてみたりした。とりあえず、駅前のマグダナルダで壁ドンしていたというツイートはないようだ。彰人はホッと胸をなでおろす。

「(一体何が起こってるんだろう?)」

いくらLINEを送っても既読がつかない。彰人はだんだん不安になってきた。

狭いところというのは秘密基地みたいで嫌いではないが、ずっといたいとは思わない。

そういや最近、ソシャゲーのログインすらしていないことに気づいてログインしてみたりする。

そして10通あまりのメッセージを送ったころに、遂に既読がつく。彰人はやっと個室から解放された。


彰人がトイレから戻ってくる。

先ほどとは明らかに違う雰囲気の違う2人に彰人は・・・

「(俺がトイレに行っている間に何が?総集編でもはさんだのか・・・?)」

首をかしげつつ、そんなことを思うのだった。


そんな彩香に対して彰人は提案する。

「なぁ、LINE交換してくれないか?アドバイス的確だったし」

「お?あたしの魅力に気づいてくれた?」


女子にLINE交換を求めるということは大小なりに下心というものがあると思われても仕方ないだろう。それに空が嬉しそうだ。彰人がいない間に二人で何かあったのは間違いない。そのお礼も込めて彩香に言う。

「ああ、すごく魅力的だと思うよ」


そして夕方、時間も時間なのでお開きにすることになった。

3人は駅に向かっていた。両脇に女の子を抱えて歩く。その様子に男たちから舌打ちなどされることもあった。彰人はため息をついた。

「あはは、モテるってつらいねぇ」

彩香がそんなことを言う。そう思うなら離れてくれと彰人は思った。


「でも、今日はとっても楽しかったです!こんなに充実した一日は久しぶりで・・・」

空は嬉しそうに言う。確かに濃密な一日だったと彰人も思う。ジャスティスさんとも知り合えたし。


「じゃあ、あたしこっちだから」

そういって彰人の腕から彩香は離れていった。そしてじっと彰人を見ていた。


その時、彩香の後ろから太り気味の男が歩きスマホをしながら歩いてくる。前もよく見ずに競歩のような速さで歩いていた。その男がそのまま彩香にぶつかる。華奢な彩香はバランスを崩し転倒しそうになる。


「彩香っ!」

彰人はとっさに彩香の腕を引き、自分の身体に引き寄せた。彩香の頭が彰人の胸板の部分にうずまる。彩香はその体制のまま動かない。

「だ、大丈夫か?!彩香!」


彩香はそのまま動かない。どこか打ったのだろうか?しかし、彰人は非常時なのにいけない感情に駆られていた。

「(めちゃくちゃいい匂いがするんだけど?!これが女の子の匂いなのか・・・?)」


そのまま二人は抱き合ったまま時間が過ぎる。空はまるでムンクの叫びのような、女の子が見せてはいけないような感じで破顔していた。

そして、彩香が身じろぎをする。


「・・・ねぇ、いつまでこうしてんの?」

「えっ?ご、ごめ・・・!」


彩香に言われてとっさに距離をとる。周りに人だかりができていた。スマホを向けている人もいる。


彰人は後ろにいた空に向き合う。空は呆然としていた。すると彰人の背後にいた彩香が空に向かって舌を出してピースサインをしてみせた。その様子を見て空は叫ぶ。


「だ、抱かれたね?!私だって抱かれたことないのにー!」

そんな空を見て彰人は頭を抱えたのだった。

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