第8話 VTuber談義

午後4時過ぎ。彰人は空と謎のギャルっぽい女の子と共に駅前のマグダナルダにいた。

空の機嫌がすこぶる悪い。ギャルがずっと隣で密着しているからだろう。

「えーっと、とりあえず名前を教えてくれないか?もしかしてどこかで会ったことある?」


彰人は初対面の女子からこんなに好かれるような人間ではないと自分でもわかっていた。


「あたしは三本木 彩香。彩香でいいよ」

どこかで会ったか?という問いには答えず、名前だけ答えた。

「三本木さんは・・・」

「彩香って呼べ」

「えええ・・・」


彰人は初対面の女子をファーストネームで呼び捨てにするのがためらわれたが、呼ばないと先に進めそうもない。恥ずかしさをこらえながら彩香に問いかける。


「・・・彩香はどうしてここに?さっきの人たちはいいのか?」

「あいつらとはただ一緒に行動してるだけだし。あたしが居てもいなくても変わんないしね」

彩香はぶっきらぼうに言い捨てた。


最近の若者の人間関係はシビアだ。一人でいたくないからなれ合うけど、相手のことがそれほど好きではない。仕方ないから一緒にいる、といった人も少なくない。リアルでは何も言えないが、ネット上で罵詈雑言を吐き捨てるような人は実生活で相当なストレスが溜まっているのだろうと彰人は思った。

空は「あたしが居てもいなくても変わらない」という彩香の言葉を聞いて悲しそうな表情を見せた。まるで自分のことのように受け止めていた。


「まーどうでもいいじゃん。ところでVTuberの話だけど・・・」

彩香が辛気臭い雰囲気を吹き飛ばすかのように明るく言い放つ。そこで空はビクッと身体をのけぞらせた。

「あんたがやってるんでしょ?彰人」

「え・・・?」

空は思わず彩香を見る。どうしてそんなことになっているかわからないといった表情で。

「ああ。俺が鳥義賊って名前でやってるよ」

彰人は空を守るため、そう言った。空がボロを出さないように願いながら。


空は彰人がVTuberをやっているなんて初耳だった。でも彰人には何か考えがある、そう思って黙っていることにした。

「で、調子はどうなの?ちゃんとフォロワーとかできてる?」


彩香は妙に慣れている感じで言った。さっき詳しいとか言ってたし、VTuberに精通しているのかもしれなかった。

「いや・・・始めたばかりで全然なんだ。どうにかしてフォロワーを増やしたいんだけど」

これは空のことをそのまま言っていた。あくまで彰人がやっている体で空の現状を打開したいと彰人は考えていた。


「始めたばかりならまずは人を集めないと。どんなに面白くたって人がいなきゃ意味がないから」

彰人も同じことを思っていた。無名の新人が雑談枠で配信したところで誰も見に来るとは思えない。虚空さんの配信のように偶然来たとしてもすぐ退出してしまうのが関の山だろう。


「どうしたらいいと思う?俺は有名なゲームをプレイする様子を配信して人を集めようと思っているんだけど」

「なんのゲーム?」

彩香はまるで自分のことのように真剣に考えてくれていた。

「えっと、スーパー配管工ブラザーズをやろうかと」

「ああ・・・あれねー」

彩香も知っているようだ。まぁ日本人のほとんどが名前くらいは聞いたことがある有名なゲームだし、知っていても不思議ではない。


「何か問題でもある?」

「いや、もう何番煎じだよっていうレベルで配信されてるゲームだし。まぁ本当に初見みたいだし?とりあえずやってみればいいんじゃない」

確かにスーパー配管工ブラザーズは初見プレイ、縛りプレイ、最速プレイ、バグ技プレイなどやりつくされた感じはある。目新しさはないかもしれない。


そこで黙っていた空が彩香に向かって話しかけた。

「配管工ブラザーズは彩香・・・もやったことあるの?」

「飽きるくらいやった。もう二度としたくない」


彩香は心底うんざりした様子で言った。配管工ブラザーズをプレイしたことがあるようだ。しかも二度としたくないというくらいだから、相当な回数プレイしているのだろう。

彩香はおそらく彰人たちと同い年くらいだし、そんな若い子がレトロゲームにどっぷりはまるとは思えない。まるで強制的にプレイさせられていたような口ぶりだった。

「彩香はゲーマーなのか?」

「どうだろうねー。嫌いではないけど」

”嫌いではない”という表現は”そこまで好きではない”という表現の裏返しだ。やはり率先してプレイしていたわけではなさそうだ。


そんな会話をしていた時、テーブルにある手代木花のマイクロファイバークロスが彩香の目に留まった。彩香はそれを指さしていう。

「手代木花、好きなの?」

「ああ。大手VTuberだし、昔から配信は欠かさず見てるよ。でも最近元気がなくて心配してるんだ。この前も体調不良とかで配信中止したし」

彰人がそういうといたずらっぽい笑みを浮かべ・・・

「手代木花の声真似してあげようか?」

とそんなことを言った。


「できるのか?確かに似てるような気もするけど・・・」

彰人はずっと違和感を覚えていた。どこかで聞いたことのある声だなとは思っていたが。


「じゃあいくねー・・・んんっ!こんばんわ~花だよ~!きょおも来てくれてありがと~」


その声に空が思わず拍手した。

「すごい!そっくりだよ!雰囲気ばっちり!」

「(いや、似てるとかいうレベルじゃない・・・これはまるで・・・)」

あまりのクオリティに彰人は焦りさえ感じていた。そんな彰人を見て彩香が笑ってスマホを向ける。


「あはは!彰人ちょーウケるんですけど!この顔待ち受けにしたい!」

「ちょ・・・おまっ・・・撮んなよ!」


彩香はおなかを押さえながらゲラゲラ笑っていた。

彰人は自分の間抜け面がSNSにアップされないように彩香に写真を消してくれるように懇願したが、彩香は削除するフリをして消さなかった。

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