第7話 陽キャと陰キャ
ギャルは頻繁に陽キャグループとトイレに続く通路を往復していた。
「(もしかして頻尿なんだろうか・・・?)」
若い女性に「あなたは頻尿ですか?」なんて聞いたら思いっきりぶっ飛ばされるだろう。それくらい失礼な話だ。
「(それとも乱数調整・・・?)」
ゲームなどでレアアイテムを手に入れるために永遠と同じルートを往復したりすることがある。そうしてレアが出るまでやり続けることもある。GPSや歩数計機能を利用したスマホゲームをやっているのかもしれない。そのゲームをやっている人たちは取り憑かれたように歩き回っているのを見たことがある。
そうしてギャルが気になりつつ、空と虚空さんの今後のことを話し合っていた。次はゲーム配信だ。家庭的機械本体とスーパー配管工ブラザーズを手に入れなければならない。
ゲームの映像を取り込むための外付けキャプチャーボードは彰人が持っているので、それを使うことになった。話をしている途中、突然空のスマホが鳴った。
滅多にならないスマホが着信を知らせたので、空は焦りながら確認する。
「あ、お母さんだ。彰人君、ちょっとお話してきますね」
「ああ」
空は店の外へと駆け出していった。そして彰人は一人になる。渡来さんにお礼のLINEでも送ろうかとスマホに意識を集中していたときである。
「ねぇ」
突然後ろから声が響いてきて驚きながら振り返る。そこにはさっきから気になっていたギャルが立っていた。
「えっと・・・?」
もちろん彰人は初対面の人だ。彼女は彰人の反応が面白かったらしくからかうように言った。
「VTuberやってるってほんと?」
「えっ・・・」
彰人は返答に困った。この子に空との会話を聞かれていたのか?だが、空が虚空さんだという事実を広めるようなことはしないほうがいいだろう。先ほど渡来さんに個人情報を大事にするように言われたばかりだ。空を守るにはこれしかない。
「ああ、”俺”がVTuberだ」
彰人はとっさに嘘をついた。これで”VTuber”という単語を聞かれていたとしても不自然ではないだろう。空の個人情報が流出するよりマシだと思った。
「ふぅーん・・・なんて名前なの?行ってみたいな」
彰人は焦る。名前・・・名前を考えなくては・・・。彰人にはネーミングセンスは絶望的に皆無だった。この場をしのぐだけでいい、何かVTuberっぽい名前を・・・!
「鳥義賊だ」
彰人にはこれが限界だった。鶏肉専門店でたらふく食べたいなーという願望しかなかった。
「ぶふっ・・・鳥義賊・・・くくくっ」
ギャルは大いにウケていた。
「あんた、面白いね。好きかも、優しいし」
「は?」
鳥義賊がそんなに気に入ったのだろうか。この際、鳥義賊が笑われるのは仕方ないが、ギャルの口から好きという単語が出るのは予想の斜め上を超えていた。しかも優しいとは?
「あたし結構詳しいよ?なんなら教えてあげようか?」
いたずらっぽい笑みを見せながら言ってくる。そして顔の距離が近い。
「えーっと・・・」
彰人は困った。女子を無理やり追い返せるような性格でもない。完全にギャルのペースだった。そこに電話を終えた空が駆け寄ってくる。
「ちょ・・・!なんなんですかあなたは!」
「えー?今VTuberの話してたんだよねー?あーきーとー」
「え・・・」
空の顔から表情が消えていく。もしかして自分のことを言われていたのではないかと思い、彰人に裏切られたのではないかと思ってしまう。
「橘さん!おちついて!もう!あなたなんなんですか!」
彰人は空が目に見えて傷ついているのを見ていられなかった。目の前のギャルに怒声を上げる。
「・・・なに?ちょっとからかっただけじゃん」
ギャルは明らかにむっとしていた。空は彰人の焦った様子と目の前の女の子を交互に見る。
「あなたが誰なのか知りませんけど、彰人君は私のです!陽キャは陽キャの元へ帰ってください!」
彰人は空がこんなにも力強く話せる子だと思っていなかったので、少々面食らってしまう。そして空の所有物ではないと言いたかった。
「・・・あんた、それ本気で言ってんの?」
空の発言に苛立ちを隠さす言う。
「陽キャとか陰キャってカテゴライズして、あんたはそれで満足なわけ?」
どうやら”陽キャ”と言われたことが彼女を怒らせてしまったらしいようだった。
この世界には陽キャと陰キャ、それぞれに割り当てられる地獄のような世界だ。陽キャでなければ陰キャであり、陰キャでなければ陽キャという”どちらでもない”という評価のされかたはされない。必ずどちらかに属することになる。
それを見ていた彰人はギャルに向かって頭を下げる。
「ごめん!」
「なんであんたが謝るの?」
「陽キャだろうが陰キャだろうが、同じ人間には違いない。どちらかにその人をあてはめて評価するなんておかしいと君の言葉を聞いて思い知ったよ。だから君のことを”陽キャ”だなんて言ってごめん」
それを聞いていた空もおずおずと口を開いた。
「・・・私もずっと”陰キャ”って言われてて、それがずっとコンプレックスだったんです。だからあなたみたいに・・・その、日向にいる存在が羨ましかったのかもしれません。ごめんなさい」
「・・・あほくさ」
そのままギャルは元いたグループへと戻っていった。
「・・・」
「・・・」
お互いに会話はなかった。何を話していいのかわからない。
店内は騒然としていた。女の子2人が1人の男をめぐって言い争いをしていたのだ。目立つなという方が無理だろう。
すると陽キャグループと呼んでいた集団が帰っていくのが見えた。
そこで空が口を開く。
「・・・帰っていきましたね」
「・・・ああ」
「やっぱり私は他人を怒らせてしまう才能があるんだと思います・・・だから嫌われて・・・」
「いや、間違いを認めてきちんと謝罪したじゃないか。それに俺のことを守ってくれたんだろ?」
「・・・はい」
これは空の学校への復帰も無理かなと思っていた時、先ほどのギャルがこっちに向かって歩いてきた。そして彰人の隣に座り、彰人の腕を取りながら言う。
「ねぇ、あたしも混ぜてよ。あたしもVTuberに興味あるんだ」
それを見て空が激高する。
「んなぁぁぁ!もうなんなんですか!あなたは!彰人君から離れてください!」
「いいじゃん別に。減るもんじゃないし」
「減りますよ!私の自尊心が減ります!だから離れてください!」
彰人はとなりの女の子に腕を取られながら思った。
「(今日、イベント起こりすぎでは・・・?)」
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