第7話:より先の未来を救う為の一手
しばらくして、リゼリアが立ち上がった。
「……泣いてないから」
「分かってる」
目が赤いけど、そこに触れることはない。
強がりを言えるのならまだ大丈夫だろう。そう思うしかない。
「それ……あいつの残滓ね」
リゼリアが俺の手の中になる、小さな牙を見つめた。
「そう。早速、何のスキルか確認しておこう」
俺は【設定閲覧】のスキルを発動させ、〝亡き者の残滓〟へと視線を落とす。
*――*
〝ハルベルトの残滓〟
英雄がその身に宿した力の残滓。竜殺しの英雄の最期は、皮肉にも竜の手によるものだった。
使用することでスキルを取得できる。スキルとは、より強き者に継がれていくのだ。
【クローラの闇牙】――取得者のあらゆる近接攻撃・近接魔法に闇属性を追加する。これはあらゆる耐性や防御、障壁を貫通する。また相手が竜族の場合、効果が激増する。竜を憎む竜である、闇竜クローラの牙に宿る闇はあまりに深く、クローラ自身さえも飲まれてしまった。
*――*
「ふむふむ。これにはデメリットはない感じか。かなり優秀なスキルだ」
俺がリゼリアにスキルの効果について説明すると、彼女も同意とばかりに頷いた。
「正直、竜族って逆鱗を攻撃する以外に倒す手段ってほとんどないのよね。だからこそ、ハルベルトは凄かったのだけど。そういえば、アルト君って逆鱗どうなってるの?」
そうリゼリアが聞いてくるので、俺はインナーの襟を広げた。これで俺の胸元に埋め込まれている、逆さになった小さな銀色の鱗が見えるはずだ。
「残念ながら、人化してもこれは残っているみたいだな」
「ドラゴンは巨体だから胸元にあってもさして弱点には見えないけど……これは簡単に狙えそうね」
リゼリアがそう言って、俺の逆鱗へと手を伸ばした。
「あ、ちょ、触るな!」
「へえ、結構硬いかも」
「あ、やめ!」
俺の胸元をまさぐるな! というか、胸! 胸が当たってますよリゼリアさん!
「ま、とにかく、ここはしっかり防具かなんかで守った方が良さそうね」
「それは賛成する。あとは、この残滓をどう使うかだが」
同族とはいえ、おそらくこの先ドラゴンと戦う機会はいくらでもある。その時にこのスキルは間違いなく役に立つだろう。
「アルト君が使うべきだと思うよ。基本的に私の魔法ってドラゴンには効かないから」
「ふむ。それはまあ一理あるか」
素直にドラゴンが出てきたら、俺が対処する方が賢いか。
「ただ、俺の【竜言語魔法】ってドラゴンにも効きそうな雰囲気があるんだよなあ。何属性ってわけでもないけど」
【設定閲覧】のスキルの欠点は、自分に使えない点だ。だから俺のスキルがどういうスキルなのかが分からない。そもそも<勇転>にはなかったスキルだし。
「自分の腕に使ってみれば?」
「……発想が怖いよ!」
いや、確かにそうだけども!
と、そこでようやく俺は怪我した右腕が全く痛くないことに気付く。
「あ、傷が治ってる。早っ」
あれだけ削れていた右腕がもう元通りになっている。
「竜族には、自己回復能力があるからね。腕一本斬ってもすぐに生えてくるよ」
「なるほど、よしじゃあいっちょ斬ってみっか! ってなるか」
うーん。
<勇転>で出てくる竜って大概ワンパンされてるから、イマイチ強さが分からない。これはちと問題かもしれないな。
「リゼリア、あとでいいから、竜族の特徴や能力を全部教えてくれ」
「なんで竜族のあんたが知らないのよ」
「色々事情があんだよ。でもまあ……ちょっとだけ試してみるか」
俺はさっきの要領で、ちょっとだけ竜の爪を出して、左腕へと軽く当ててみる。
「あ、ダメっぽい」
透明な鱗が浮かび上がり、光爪を弾く。どうやらこの鱗の守りは、【竜言語魔法】すらも弾くようだ。
「となると、やっぱりアルト君が使うべきだね。でないとドラゴン相手の戦いがかなり苦しくなる」
「だな。うっし、じゃあ俺が使うか」
俺はそう決意して、その小さな牙を手の中で砕いた。光の粒子が俺の中へと吸い込まれていく。
「ふむふむ……こんな感じか」
俺が再び魔法を発動し、竜の爪を伸ばす。元々赤い光だったそれに、黒い稲妻のようなエフェクトが追加されている。これがおそらく闇の力なのだろう。
「禍々しいわね。とても勇者とは思えない」
リゼリアが眉をひそめながら、俺を見つめる。確かにこれ、どう見ても敵サイドの魔法だ。
「うるせえ。元々こっちは勇者になるつもりなんてなかったんだよ。あ、そうだ」
俺は予言書のことを思い出して、慌ててポケットから取り出した。収納時は小さくなるので便利である。
そこには黒字でこう書かれてあった。
〝勇者の死によって、勇者の父ハルベルトの魂が蠢く闇に囚われた。家族と村人全員を巻き込み異形化したハルベルトはしかし、銀竜と蒼翼の少女によって打ち倒される。竜殺しに相応しい末路であった〟
「おー! 文章が変わってる!」
少なくともこの辺り一帯が地獄に変わることはなくなった。一安心だ。
しかし、次のページには既に灰色の文字で起こるべき未来が浮かび上がっていた。
〝唯一の王位継承者であったラーヤ姫の死により、アランブルグ王国国王であるルファウス三世が乱心。これに乗じ、大臣であったゲルミス公爵派閥が台頭。魔族に内通し、国家転覆を狙うゲルミスによるアランブルグ王国支配が完了したとき、王国は闇の領域となる〟
「え? ラーヤ姫が死んだ?」
リゼリアが驚いたような声を出す。ラーヤ姫はこのアランブルグ王国における象徴のような存在であり、国民に慕われていた。その反応は無理もないだろう。
「らしい。で、本来なら勇者と共にこのゲルミスって大臣の野望を打ち砕くんだが……」
勇者とラーヤ姫の死によって、ゲルミスを止める存在が居なくなってしまった。結果、アランブルグ王国は魔族に支配されてしまうのだろう。
「魔族に国が支配されたら大変よ。勇者がいない以上、私達でなんとかしないと」
リゼリアの言葉は正しい。だからこそ、俺はここで決断しなければならない。
「……確かにその通りだ。だからこそ――あえて、
俺の言葉を聞いて、リゼリアが困惑したような様子を見せた。
「ちょっと待って。アランブルグ王国が魔族に乗っ取られるのを見過ごすって言うの?」
「そうだな。その通りだ」
「……理由は? 答えによっては、今後の行動について考えさせてもらうけど」
リゼリアが俺を睨み付ける。
うーん。正義感強そうだもんなあ、この子。まあそういう反応になるのは想定済みではある。
「まず、信じてくれるかどうかは分からないが……俺のこの世界の未来を知っている」
「未来を……? それは女神に貰ったその本のおかげで?」
「厳密には違うんだが、まあ似たような感じだな。だけども、この世界は俺が知っているの世界の未来から少しずつズレていっているんだ。俺の知る未来では、そもそも勇者は死なないし、ラーヤ姫も勇者によって救われる。だからハルベルトも闇堕ちしないし、ゲルミスの野望も打ち砕かれる」
「だったら……やっぱり意味ないじゃない。そんな起こることのない未来を知ったところで」
リゼリアがそう反論してくる。もちろん、そんなこと俺だって分かっている。
「それがそうでもない。確かに細かい部分は変わりつつある。でも、大筋はまだ変わっていないはずだ」
歴史の流れを、大河に例えることがある。確かに勇者の死によって、大河の形や蛇行の仕方が変わりつつあるかもしれない。だからこそ――完全に変わりきる前に、
「なあリゼリア。魔王ナグラって今は封印されているよな」
「……? ええ。二百年前の戦いで封印されたわ。魔族は魔王の封印を解くために色々と暗躍しているらしいけども」
「実はそれ、半分正解で半分不正解なんだよ」
「え?」
俺は<勇転>を最新刊まで読んでいて、第一章とも呼ぶべき魔王編はラストまで内容を把握している。
「実は魔王の封印は不完全だったんだよ。魔王の肉体は封印できたが、その精神体は実はまだ生きている。とはいえ精神だけの存在なので力はほぼなく、人の身体に何度も転生を繰り返して現代まで生き延びているんだ。だからその魔王の転生体というべき人物……つまり
「そんな話……初めて聞いたわ」
信じられないといった口調だが、それが真実だ。
「だろうな。おそらく魔族の中でも極一部の者しか現時点では知らないはずだ。で、魔王が復活した時にそいつがまっ先に行うことが問題なんだ」
「何をするの?」
「――アランブルグ王国王都の破壊」
「え?」
そう。
それが魔王編中盤の山場となるシーンなのだ。勇者達は奮戦するも、魔王の完全復活を阻止できなかった。そうして復活した魔王はアランブルグ王国の王都と王城を闇魔法で消し飛ばしてしまう。
これまで何度も救ってきた王国の、馴染みのある王都や王城が文字通り消滅してしまった時の無力感と絶望感はなかなかに強烈だった。
もちろん、そこから逆転に次ぐ逆転で最終的には勇者が勝つのだけども……。
「そんな……」
「つまりだ。現時点でアランブルグ王国を救ったところで、魔王に復活されると結局無駄になる」
もちろん、未来は変わりつつあるので絶対にそうとは言い切れないのだが、俺は間違いなくそうなるだろうと思っている。
大河の流れは多少変わろうとも、流れ着く先はきっと同じなのだから。
「で、この予言書はおそらく直近の、しかも俺達の手の届く範囲の内容しか記されていないんだと思う。そう考えると……この予言書の通りに動くと――間違いなく全てが後手になる」
ハルベルトの件もそうだ。
それに女神も言っていたじゃないか。未然に防ぐというより、被害を最小限に抑えるのが大事だと。
「だからこそ――予言書の内容を無視して、より先の未来を救いに行く」
「なんとなく理解できたけども……具体的にどうするの?」
この決断が吉と出るか凶と出るかは分からない。だけども、おそらくこの一手が未来を大きく変えるはずだ。
俺はリゼリアの目をまっすぐに見つめて、答えた。
「アランブルグ王国はとりあえず放置する。いくらゲルミスが暗躍しているとはいえ、そんな短期間で王国全てを掌握できるはずがないから、多少の時間の猶予はあるはず。だからあえてそこは無視して――
魔王の器。
それは<勇転>の魔王編において、最重要キーパーソンと言っても過言ではない。
初登場時に勇者のピンチに颯爽と現れた、記憶消失のイケメン。
記憶を取り戻すための旅の途中であったが、成り行きで勇者の仲間となり、兄貴分として勇者達を支えた存在。
その強さと戦い方から、連載中は勇者に次ぐ人気を誇っていた男性キャラ。
中盤で記憶を取り戻してからの裏切り。正体の提示。
それほどまでに、この世界において重要なその男の名は――ラグナ・アランブルグ。
ラーヤ姫の兄であり、そして王国から追放された……魔剣の使い手である。
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