第8話:黙祷
「魔王の器を倒すっていうけど、そいつが誰かってのも分かっているの?」
リゼリアの疑問に俺は頷く。
「ああ。そいつの名は、ラグナ・アランブルグ」
「ラグナ……アランブルグ。それって……」
流石にリゼリアもその名前でピンと来たようだ。
「五年前にこの国から追放された王子……ラーヤ姫の兄だ」
ラグナの過去編はわりと人気のエピソードだ。
アランブルグ王国の王家は、代々聖剣使いの家系であり、聖剣を抜けることが王位継承者の条件の一つで、当然、ラーヤ姫も抜けたそうだ。その聖剣は、普段は城の地下深くに封印され、後に勇者がその封印を解いて聖剣二刀流になるんだけども……まあそれはどうでもいい。
問題は、ラグナ王子がなぜか聖剣に拒まれてしまったことだ。本来ならありえないその出来事に、国王は動揺する。聖剣を扱えぬ者は王に非ず――そんな家訓に従い、国王は実の息子の記憶を魔法で消したあとに、国外へと追放してしまう。
後に、それを悔やむようなことを国王は吐露するのだが……結局彼は魔王復活の際に、ラグナの手によって殺されてしまう。
「突然王子が追放されたから、何事だと思っていたけど、そんな事情があったなんて」
リゼリアが驚くのも無理はない。当然そんな話は醜聞になるので、国民には知らされていない。
「まあ、仕方ない話なんだ。ラグナは運悪く今世の魔王の器に選ばれてしまった。ゆえに、聖剣は彼を拒んだ」
今思えば、これが魔王の器であるという伏線だったわけだ。
「でも、彼には魔王の器であるという自覚がない」
「ああ。奴は自分がアランブルグ王国の王子であることも忘れ、旅の剣士として各地を放浪していた」
で、勇者と出会うわけなんだけども……。
「つまり……何も知らない人を殺すのね」
……俺があえて倒すと言ったのに、その誤魔化しをリゼリアを見破った。
その通り。その通りなんだ。
「勇者のやることじゃないって言いたいなら、お門違いだ。俺だってやりたくはない。だけども奴が、自分が魔王の器だと気付くまでに決着を付ける必要がある。でないと、何千、何万という人が死ぬ」
「……殺す以外の方法は?」
「ない。考えてみろ、古の英雄達が結集してなお封印できなかったんだぞ。俺達でできることは……倒すことしかない。しかもそれも延命措置でしかない。ラグナを倒したところで、魔王の精神体はまた違う魔王の器に転生するだけだからな。それでもしばらくは魔王の復活の可能性はなくなる」
「……少し、考えさせて」
リゼリアがそう言って、目を瞑った。その気持ちは痛いほど分かる。だが俺達に迷っている暇はない。
「未来が変わりつつある。いつラグナが記憶を取り戻し、自身が魔王の器であると自覚するかは分からない。俺の知っている未来通りなら、まだかなり猶予があるけども」
「いずれにせよ、ラグナ王子に会わないといけないのは確か。その上でどうするか考える……としか今の私には言えない」
それがリゼリアの出した結論だった。彼女が再び目を開いた時に、そこには覚悟の表情が浮かんでいた。やっぱり、強いな、リゼリアは。
「うん。俺も他に何か方法はないか考えるけども……最悪敵対することも想定しないと」
「分かった」
リゼリアが頷いたのを見て、俺も一安心する。
「奴の現時点の詳しい所在地は流石に分からないが……隣国のユレジア帝国で魔剣を探しているはず」
勇者と出会うのもユレジア帝国内で、確かそこでとある魔剣を探していた、という台詞があったはずだ。なので今の時点で既に帝国内にいる――という俺の読みである。
「魔剣?」
「ああ。ラグナは魔剣使いで、同時に魔剣の蒐集家でもあるんだ。今は、〝砂塵剣ガレオス〟という魔剣を捜索しているはず」
「その剣の話、お爺ちゃんから聞いたことあるよ。確か、自我を持つ砂――〝
「それそれ」
中二臭い単語も、<勇転>の魅力の一つだ。まあ、十三本と言いつつ、残りの十二本については一切出てこなかったが……。
「ユレジア帝国の西部にある〝鉄塔砂漠〟にその魔剣があるらしいから、とりあえずそこに向かうつもりだ」
「ってことは、ここから東に向かうわけね」
この辺りの地理をざっくり説明すると、ここはアランブルグ王国の東端でユニジア帝国の西部と隣接している。村の東には魔物が潜む大森林があり、その先に峡谷。そこを抜ければ、魔剣が眠るという鉄塔砂漠だ。
「まずはこの村の先にある大森林を進む。ただ何の準備もなしに森と砂漠に進むのは自殺行為だから、森の中にあるエルフの都市で準備をしよう」
そう。この先の森にはエルフがいるのだ。ついでにそこで、とあるプチイベントもこなすつもりだ。今の段階ならまだ間に合う。きっとこれもバッドエンド回避に繋がるはずだ。
「分かった。でも、まだここでやることがある」
リゼリアの提案。
それは確かに、俺達が今ここですべきことだった。
俺とリゼリアは無言で村の中央に穴を掘り、村の住民達を埋めた。
更に即席で作った墓石を起き、黙祷。
「……みんな、お爺ちゃん……いってきます」
それはリゼリアにとって、必要な別れの儀式だった。
ついでに使えそうな物や食料をバックパックに詰めて、俺達は村を発った。
目指すは大森林内にあるエルフの都市、リュクシール。
「道中は魔物も出てくるから、色々と試したい。とりあえず竜ができそうなことや、竜言語魔法について教えてくれ」
「了解。私も色々試したいから丁度いい」
俺達は頷き合うと、村の端から続く深い森の中へと足を踏み入れたのだった。
***
時を同じくして、アルト達のいるアランブルグ王国よりも遥か東方の地――〝
そこは人類、魔族ともに未だ進出できていない土地であり、その名の通り、竜族によって支配されている。
そこが未踏の地である理由はいくつかあるが、その最たる理由は、そこが浮遊大陸であることだろう。
常に重力嵐が渦巻く大海の、その上空に浮かぶ大陸へと行く術は、現段階では人類、魔族問わず持ちあわせていなかった。
ゆえにそこは竜の楽園であり、〝五角〟と呼ばれる五体の竜によって統べられていた。
そんな竜のなかの竜とも言うべき五体の竜のうちの四体が、浮遊大陸で最も高い位置にある、〝頂きの神殿〟と呼ばれる場所へと集まっていた。
ただ、存在するだけで空間全体が歪んでいるように錯覚するほどの存在感と威圧感を放つ、四色の竜。
彼ら、彼女らの視線の先で、一体の雌の黒竜が頭を下げたまま、四体の竜へと怒りの籠もった言葉をまくし立てた。
「やはり納得がいきません! 〝五角〟が一本、〝白銀〟のアギルザルト様が行方不明だというのに、なぜ誰も動かないのですか!?」
雌の黒竜の訴えを、同じく黒い鱗を持つ巨大な竜――〝黒曜〟が窘めた。
「我が妹ライカよ。奴は何も言わずに突然ここを飛び出して、なぜかアランブルグへと向かい、現地で消息を絶った」
〝黒耀〟の言葉に、紅色の鱗を持つ竜――〝紅玉〟が続く。
「闇竜クローラの気配も僅かだが感じた。彼の地にはクローラの眷属である竜殺しが住むと聞く。ならばそれはそういうことだろう」
その言葉に、思わず黒い雌竜――ライカが顔を上げて反論する。
「あのアギルザルト様がたかが人間に負けるなんて絶対にありえません! それは皆様方が一番分かっているはずです!」
「だからこそだ。もし奴が死んでいないのであれば、奴には奴なりの狙いがあるのだろう。それが何にせよ、我らには関わりのないこと。人間界には不干渉で在り続けることが我らの掟だと、忘れたのか? 奴はその掟を破ったのだ。ならば……捨て置くしかあるまい」
〝黒耀〟の言葉に、〝五角〟全員が頷いた。
それが彼らの総意であると理解したライカが、話にならないとばかりに後ろ脚で立ち上がり、翼を広げた。
「ならば、私はもうここにはいられません。我が心は常にアギルザルト様と共に。御方が人間界で何かを為されようというのなら、その助力をするのが――
ライカの瞳に宿る強い光を見て、彼女以外の全員がため息をついた。
「ならば好きにするがいい。我らは言葉を発せど、その翼を止めることは出来ぬ。だが、掟を破った者は二度とこの土地へとは帰ることができぬ。それだけは忘れるな。もし、〝白銀〟に会えたのならそう伝えろ」
〝黒耀〟の言葉を最後まで聞いたのちに――ライカが黒い雷撃を纏う翼をはためかせ、空へと舞った。
「待っててくださいね……愛しい愛しいアギルザルト様……」
そんな呟きと共にライカは、雷鳴を響かせつつ西の空へと消えていった。
「やれやれ、〝白銀〟にも困ったものだな。一番の慎重派である奴らしくない行動だ」
「やはり、クローラの復活が近いのではないか」
「いずれにせよ、奴が復活すれば人間界は終わる。だが、我々にはどうでもいいことだ」
「……しかし人間達が気の毒だ。〝白銀〟に加え〝黒雷〟まで降臨したのだから。地図が変わらないといいが」
そんな会話を交わし、〝五角〟達はそれぞれが統べる領域へと帰っていった。
こうして渦中の存在であるアルトが知らない間に、とんでもない存在が彼の下へと向かうことになった。
かつてはただの大陸であったこの土地が、
〝黒雷〟の二つ名を持つ黒き竜――ライカである。
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