第6話:VS竜殺しのハルベルト


 俺はその男――ハルベルトを凝視する。


 見える見える、お前の設定が見えるぞ。


 *―設定―*


 名前:ハルベルト・ムーア

 性別:男性

 種族:人間

 年齢:四十二歳 

 属性:水(闇)

 

 <設定>

 主人公の父。元英雄でかつては〝竜殺しのハルベルト〟と竜族から恐れられた。討伐した竜の数は百を超えるという。その力は、〝炎神〟ドルフの下で修業していたハルベルトが、若かりし頃に迷い込んだ〝暗黒の淵〟にて出会った闇竜クローラとの契約の末に手に入れたものだという。魔法や刃を弾く竜の鱗すらも貫く力を得たハルベルトは、後にカダ山の戦いで老竜エルゼカを討伐するという大戦果をあげ、英雄として帰還。大陸一の美姫と謳われたライラを娶り、以降は戦場に出ず、辺境ともいうべき土地でひっそりと暮らしていた。苦労した末にようやく生まれた第一子を溺愛し、息子が旅立ちの時にはかつて使っていた剣を餞別として渡した。息子の様々な活躍を聞きながら妻とのんびりとした余生を過ごす。


 <所持スキル>

 【流るる水の剣】――魔力を消費することで、刃に激流を纏えるようになる。それは敵対者を屠る、恐るべき水刃である。〝ハルベルトの剣を見誤るなかれ、その刃、長さも速さも変化することまさに水の如し〟。


 【竜喰い】――あらゆる攻撃が闇属性となり、竜族に対して特効となる。竜族が持つ鱗すら貫く攻撃を繰り出すことができるが、それは人が使うに余る力である。使えば使うほど心を蝕み、その身体を闇へと染めていくそれは、竜でありながら竜を憎む竜、闇竜クローラの呪いである。身に余る力には、代償が必要なのだ。


 *追記*

 最愛の息子が死に、復讐のために再び剣を取った時、ハルベルトは闇に飲まれてしまった。それはかつて討伐した竜達の怨嗟が積み重なった結果であり、それゆえに彼は最後と決めた戦い以降、決して剣に触れなかったのだ。理性が残っているような言動をするが、実際にはかつて戦場で暴れ回った時の本能だけで動いている。


 <追加・変更スキル>

【竜喰い】→【闇竜のささめき】――ハルベルトが闇竜クローラと交わした契約によって、後年に変化してしまったスキル。持ち主を闇竜クローラの眷属へと強制的に変え、さらに人間を下級眷属である〝竜喰い〟へと変化させる闇の霧を噴出させる。このスキルに発現したが最後、周囲一帯は闇竜クローラの領域となり、人も竜も生きられない闇の淵と化す。元々のスキル名が下級眷属であるムカデ達と同じである時点で、ハルベルトは気付くべきだった。彼は最初から闇竜クローラの奴隷であった、と。


 *――*

 

「あー」


 なんやら色々書かれているが、いずれにせよ闇竜なんてヤバそうな奴と取引してる時点で詰んでそうだ。

 俺が引き金となったとはいえ、いつこうなってもおかしくなかった状況だ。


「人間の形をしてはいるが……お前ドラゴンだな? ドラゴンは殺す!」


 オッサン――ハルベルトが大剣を俺達へと向かって薙ぎ払う。大振りな一撃なので見てから躱せるが、その剣風だけで、意識が飛びそうになる。


「リゼリア! とりあえず撤退しよう!」

「賛成!」

 

 リゼリアの返答を聞きつつ、小屋から飛び出す。もはや崩壊寸前の小屋に留まる方が危険だ。


 小屋が倒壊する一歩手前で、リゼリアと共に脱出できたが、今度はおぞましいほどの魔力を背後で察知。


「避けろ!」


 俺がリゼリアの身体を思いっきり押すと、彼女との間を黒い波濤が通り過ぎた。それは地面すらも削るほどの激流。


 当たればただでは済まないであろうことは、【設定閲覧】で見て分かっている。


「リゼリア! あいつはスキルで剣に水を纏わせて、今みたいに刃に見立ててぶった切ってくるぞ! しかも竜の鱗を貫く効果つきでな!」


 無敵と思われた俺の鱗による防御も、竜殺しの前では無意味だ。


「なにそれ、反則じゃない!」

「俺もそう思う!」


 そんな俺達の会話を余裕そうに聞きながら、小屋の方からハルベルトがこちらへと歩いてくる。その手にある大剣には黒い水が渦巻いている。


「リーチが長い上に動きが読めねえ!」


 ハルベルトが剣を横薙ぎに振るうと、その軌道に沿って再び黒い波濤がこちらへと迫る。俺はそれを屈んで、リゼリアは跳躍して躱す。


「ふん!」


 更なる追撃が俺へと向かって放たれた。横っ飛びするとすぐ真横を黒い斬撃が通っていく。これ、リゼリアに釣られてジャンプしてたら避けられなかった!


 と思ったら右手に激痛。チラリと見ると僅かに斬撃が掠ったのか、皮膚が削れている。見たら余計に痛くなってくる。


「ちょこまかと……鬱陶しい」

「へ?」


 右手に気を取られていたら、ハルベルトが強襲。地面を削りながら放たれた大剣による一撃が俺へと迫る。


「俺ばっかり狙うなよ!」


 何本か髪の毛を斬られながらもそれを回避するが、今度は蹴りが腹へと叩き込まれた。


 衝撃。痛み、浮遊感。


「ぐぅ」


 体重差によってあっさりと俺は空中に舞い、地面に激突。蹴りの痛みと熱が腹全体に広がる。


「痛えええ!」


 この世界に来て、初めてまともに受けた攻撃と痛みに、泣きそうになる。さっき削れた右腕も死ぬほど痛い。もうやだ、このまま動きたくない。


 と泣き言を言いたいのを我慢していると、こちらへと向かってくるリゼリアの姿が視界の隅に映る。


「死ねえええええ」


 全く攻撃の手を緩めないハルベルトが剣を振り上げた。だけども、やはりこいつはリゼリアの接近に気付いていない。


「お前さ、俺しか見えてないよな」


 俺が強がりの笑みを浮かべると、ハルベルトの背後に影。


「私もいるんだけど? <ちょっとだけ蒼炎翼刃ブルーブレイザー>!」


 ハルベルトの後ろを取ったリゼリアが、魔法を発動。さっき見た時の違って炎翼は片側だけで、しかも攻撃の瞬間にだけ発現させていた。それはまだ回復しきっていない魔力で魔法を使うために、リゼリアが土壇場で編み出した技だろう。


 たとえ不完全な魔法であろうが、不意打ちであれば威力は十分。


 一瞬だけ放たれた蒼い斬撃があっさりとハルベルトの両腕を斬り飛ばし、振り上げられていた大剣が重力に引かれ、落下。


「アガアアアアアア!?」


 ハルベルトの両腕から血の代わりに黒い霧が噴き出す。


「どうせ、そこからムカデが出てきて腕の代わりになるんだろ?」


 俺が立ち上がると同時に、右手に魔力を込める。リゼリアにできたのなら、俺にもできるはずだ。


「ウガアアアア!!」


 ハルベルトが叫ぶと同時に、黒い霧を纏いつつ異形化。予想通り、斬られた腕の代わりにムカデ頭が伸びてくる。


「殺すコロスコロスコロスコロス! 竜はコロス&%$&%$%$!!」


 雄叫びの途中でハルベルトの頭が内部から破裂した。中から、竜とムカデを融合させたような歪な頭部が生えてくる。うえ、気持ち悪っ。


 もはや人ですらなくなったハルベルトが腕となったムカデで大剣を掴み、闇を噴出させながら俺へと振り抜く。


「事故とはいえ、あんたをここまでさせてしまったのは俺の責任だ……本当にすまなかった。だからせめて――」


 俺は膝をたわめて姿勢を低くして、ハルベルトの強烈な横薙ぎを回避。頭上を通り過ぎていく凶刃を感じながら、一気に地面を蹴って、ハルベルトへと接近する。


「――せめて、安らかに眠ってくれ」


 掬い上げるように右手を振り上げ、一瞬だけ魔法を発動。


 もちろん使うのは、竜の爪だ。


 切り裂くというより、撃つイメージ。指先から伸びた赤い光爪がハルベルトの胸を貫通し、そのまま首と頭を縦に裂いていく。


 俺の魔力が切れたと同時に竜の爪が消失。ギリギリ足りたが、一秒でも発動が早かったら倒しきれなかったかもしれない。


「ア……ガ……ア……」


 断末魔を上げ、ハルベルトが地面へと倒れた。


 村を覆っていた黒い霧が、晴れていく。


「今の、私の真似でしょ」


 立ち尽くす俺の傍にきたリゼリアがそう言って、意地悪そうな笑みを浮かべた。


「そ。ちょっとだけ竜爪。でもこれ、滅茶苦茶難しい。正直賭けに近かった」


 俺は懲りた。魔力の管理はしっかりすべし。【属性付与】のご利用は計画的に。


 なんとかハルベルトに勝てたものの、下手したらいきなりゲームオーバーの可能性もあった。


 俺がホッと一安心していると、リゼリアの表情が険しくなっていく。その視線の先には、ムカデ頭のまま倒れている村人の姿があった。


「倒したら元に戻るかも……なんて思ってたけど」

「そうはいかないみたいだな」


 村人達はピクリとも動かない。近付かなくてもなぜか分かる。彼らはもう、死んでいる。


「被害がこの村だけで済んだ……って思うことにする」


 そう言いながら……リゼリアはその場に泣き崩れた。自分の生まれ育った村が自分を除いて全滅したのだ。無理もない。


 きっとどんな言葉を彼女に掛けようと、それは意味のないものだろう。だから俺は、やっぱりその場に立ち尽くすしかなかった。


 世界がバッドエンドへと向かいつつあるという女神の言葉が、いやでも身に染みる。


「なんとかしないと」


 そんな言葉しか出てこなくて、ため息が出てしまう。そんな俺の視界の隅――ハルベルトの遺体の傍に、光る何かが落ちていた。


 見覚えのある光を、俺は近付いて手に取った。


「これは」


 それは、ムカデのような紋章が刻まれた小さな牙――おそらくハルベルトのであろう、〝亡き者の残滓〟だった。


「スキルゲット……と喜んでいいのかな」


 その言葉に、誰も答えてくれなかった。

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