第5話 物語の始まり
その旅路から、俺が主役と呼べるような話が始まった。
……と言っても嘘だって、もう分かるだろうね。そう、全然、始まっちゃいなかった。
旅路そのものはそれなりに人に言って聞かせられるような内容だったとは思う。道中の人助けにまつわる騒動だって、中々のものだった。
ただ、俺は主役じゃなかったな。主役だったのは、リーダーだったり、戦士だったり、盗賊の女だったり、彼女だったりした。
この集団の面白いところは、みんなが主役の話をそれぞれ持ってる、ってことだ。もちろん、俺以外の、だけどね。そういった、良い人間たちの集まったチームだった。
だけどだからこそ道中の話は本筋じゃないんだ。この話にとってはね。
さて、準備はこれぐらいにして、本題に入ろう。
様々な旅路を経て、俺たちは目的地にたどり着いた。
最後の宿は野宿だった。テントの中で眠っていると、目が覚めた。緊張していたせいかもしれない。
──振り返ってみれば、このときに目が覚めたことが、一つの転換点だったかもしれない。実際のところはよく分からないけどね。
目が覚めた俺は、辺りを見回した。特に理由なんてなかった。そこで、二人がいなくなっていることに気がついた。二人っていうのはもちろん、リーダーと、俺を誘った彼女だ。ここで戦士の男と盗賊の女が消えていたらそれはそれで面白かっただろうね。
どうしていなくなっていたのか、なんて考えなくても分かるようなことだ。なのに、俺はわざわざ探しに行ってしまった。全く、馬鹿だよね。
外に出て、暗い木々の向こうに二人の姿が見えた。といっても、夜目もきかなければ耳も特別良いわけじゃなかったから、何を話しているかは分からなかった。まぁ、雰囲気は良かったと思うよ。
何となくしばらく眺めていたところ、二人は話すのを止めたようだった。その代わり……何かを始めたようだった。何かって何だって? ──さぁね。
三十分ぐらいだったと思う。なんて表現しようかな……そう、十分に愛し合った二人はテントへと戻っていった。
俺は、というと、何となくその場でぼーっとしていた。特に理由はなかったけど何となくすぐに戻る気にはなれなかった。
二人が何を話していたかは分からなかったけど、でも大体想像はつく。最終決戦前の大事な儀式ってところだ。
別に、二人が相思相愛だってのは前から知っていた。何だったら初対面のときから分かっていた。だから別にショックってわけじゃなかった。
むしろ奇妙な安心感があった。確かに俺は彼女のことが好きだったけど、自分と彼女が特別な関係になるというのはあまりにも現実離れしていて、不気味でさえあった。だから彼らの関係性の深さをはっきりと確認したことで、“やっぱりそうだよな”っていう安心感があった。こうあるべきだ、っていうね。
だから、ショックではなかったんだけど、それでも、何というかな。
まぁ──ちょっとぐらいは、泣いたね。
で、翌日。当たり前だけど、リーダーと彼女はかなり調子が良さそうだった。戦士の男はいつも通り、緊張した様子もなし。盗賊の女は二人を見て若干、不機嫌そうだったけど──つまり彼女もリーダーが好きだったわけだけど──そんなに調子は悪くなさそうだった。
俺も、調子は悪くなかった。前日にあったちょっとした緊張感も消えていた。
「よし、それじゃあ行こうか」
過度に気合を入れずに、いつもどおりの声でリーダーは号令をかけた。各々がそれぞれの表情で頷く。合わせて、俺も何となく頷いておいた。
──さぁ、問題はここからだ。
まだ、俺が主役の話なんて、微塵もない。俺は、いるように見えるだけの単なる影だった。
そうじゃなくなるのは、最後の最後。この旅路の、結末の瞬間だけだ。
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