第6話 主役となった瞬間

 敵は噂以上に、強力で恐ろしい魔法使いだった。それでも俺たちはそいつを追い詰めるまでいった。

 リーダーの剣士が、治癒術師の彼女から強化の魔法を受け、剣を振り上げる。眼前には深手を負って伏せる敵。この一撃を当てれば、まず決着がつくという状況だった。


 このときのことはよく覚えている。少なからず興奮を覚えていた。気がつけば、本当にこの旅を成功に終わらせる場面まで来ていたのだ。

 俺たちは全員してリーダーを見ていた。勝利の瞬間のために。でも俺だけは全く違うことを考えていた。いや、無関係ってわけじゃないけど、全く違うことを。




『今、魔法を撃てば、リーダーは死ぬ』




 魔が差すって言葉がある。まさしくそれだった。この奇妙な考えはどこからともなく現れて、一瞬で俺の意志と思考に染み込んでいった。

 どうしてこんなことを考えたのか今でも分からない。けど、俺はその瞬間、そうすることがとても自然なことに思えた。この場で彼を殺すことが、当たり前のことに思えた。


 そこからは早かった。手慣れた魔法の詠唱なんて一瞬で済んだ。魔力を杖に通して、魔法を発動させる。それだけでリーダーは後ろから撃たれて死んだ。

 一瞬の静寂があった。その場にいた誰もが、何が起きたのか理解できずにいた。そう、誰も──俺以外は。


 最初に叫び声をあげたのは治癒術師の彼女だった。次の瞬間、盗賊の女も叫び声をあげたが、そいつと戦士は敵の攻撃ですぐに死んだ。

 残ったのは、俺と彼女だけ。彼女は俺の方を振り向いた。あの美しい黄金色の瞳には、俺だけが写り込んでいた。あの笑顔が似合う愛らしい顔は、目を見開き、恐怖と不可解さに凍りついた表情を浮かべていた。


「……どう……して」


 震える唇が言葉を紡いだ。俺はその旋律の甘美さに打ちひしがれながら、ナイフを手に持っていた。

 俺が彼女へと近づく。何なのか理解できていない彼女は、逃げることができなかった。俺は彼女の肩を掴み、その胸元に刃を押し込んだ。硬い金属の切っ先が彼女の肉を引き裂き、骨の隙間をかいくぐり、内臓の中へと侵入していく感触がはっきりと感じ取れた。


「がっ……はっ……!」


 彼女の唇を赤黒い血が染めていく。苦痛と絶望で涙が流れ落ちる。血と汗と涙で汚れる彼女の顔は、それまで見てきた中で一番、綺麗だった。

 唇が震えながら、また動く。何かを言おうとする。懸命に、俺に向かって、何かを言おうとする。俺はナイフをゆっくりと引き抜き、もう一度、力強く突き刺した。

 突き刺したナイフに重みがかかった。彼女の瞳から光が消えていた。ナイフを手放すと、彼女の身体はそのまま床に倒れこんだ。


 ──こうして、俺以外の全員が死んだ。残ったのは俺と、敵であった魔法使いだけ。

 これが、この物語の結末だ。俺が唯一、自分が主役だと言い張れる話だ。

 どうしてこんなことをしたのか、今振り返ってみても分からない。ただそうすべきだと思ったし彼と彼女を殺すことで、俺は何かを変えることができたんだ。


 今までの人生は、そうじゃなかった。前の世界でもこの世界でも、退屈で不条理で、不愉快さと不可解さばかりが蔓延していた。そんな中で、それでも俺は何かを変えようとはしていなかった。やろうと思えば出来たはずなのに、しなかった。あるいは、この“しなかった”ってことそのものが、“出来なかった”ってことと同義なのかもしれない。


 とにかく、俺はしなかった。新しい友人を作ることも、新しい場所へ行くことも、好きだった女性を食事に誘うことも、何もしなかった。だから、俺の人生は退屈だった。

 でも、やっぱり仕方がなかったと思う。それが俺なんだから。どこへ行っても何も変わらない、変えられない俺なんだから。

 そんな俺が、初めて何かを変えようとした。意味なんて分からないし理由なんてどうでもいい。ただ俺は、彼と彼女を殺そうと思って、そうした。冒険を成功に終えるはずだった彼らは、俺のせいで失敗して、死んだ。けどそれは、俺が選んだことだった。自分の意思で、そうすべきだと思ったことをして、そうなるべきだと思った結末を手繰り寄せた。


 だから、これは俺が“主役”の話だ。間違いなく、俺にとってはそう言い張れる話なんだ。

 杖を握りしめて、俺は歩みだした。血だらけになっていた魔法使いの目の前までいき、その姿を見下ろした。彼は俺を見ながら、笑っていた。

 そして、そのまま俺は────。

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