第3話 転換点
主役だっていう条件は、何だと思う?
自分自身の人生が、何かしらの物語だと呼べるのだとして。その物語の中で“主役”だって言えるためには、どういう条件が必要だと思う?
色々あるとは思う。どれかに絞らなきゃいけないってわけじゃない。たくさんの主役たる理由を持っていたっていいし、どれが“主役らしい”かは、人それぞれだろう。それでいいと思う。
だから、これは提案だ。俺にとっては、こういうものが主役だと思う、っていうね。
──何かを変えようとした人間、それが主役だ。
退屈で見栄えのしない仕事を続けていたある日のこと。一つの転機が訪れた。俺の家を、一人の女性が訪ねてきた。
訪ねてきたのは、昔の同僚だった。修行の旅に出るとかなんとかで、退職してしまった人だ。
とても明るい人柄で、誰からも好かれていた。誰からも好かれる、なんてことが現実にあるとは思わなかったけど、確かに彼女は誰からも好かれていた。裏表のない性格、気配りができて、物事を見る目に優しさがあった。弱者を庇い、不正を嫌うが、それでいてそれを行なってしまう人の機微を理解できる賢さがあった。
そして、彼女の性質が理解できる程度に彼女は俺と接してくれていた。俺が会話できる、数少ない女性だった。
妙に細かく見てるって? 他の同僚たちと同様に、あるいはそれ以上に、俺は彼女に好意を抱いていたからね。職場でしか話さなかったけど、俺みたいな人間は認識能力が壊れているからちょっと喋ってくれるだけの異性にも、常識的ではないほどに好意を抱いてしまうものなんだよ。
「お久しぶりです!」
俺の顔を見るなり、彼女は屈託のない笑顔を浮かべた。それを見て、彼女の内面には何も変わりがないことがわかり、安心した。
「それにしても、本当に久しぶりですね。お変わりないですか?」
部屋に案内するとよくある切り口から彼女は近況を話し始めた。
相槌を打ちながら、俺は考えていた。何故、彼女はわざわざ俺のところに来てまで、こんな話をしているのだろう、と。
気がかりなのは、わざわざ家まで来たという点だった。同僚だったときでさえ、家に来たことなどなかった。
ここで、妙な期待をしても良かった。実は向こうも少なからずこちらを意識していて、職場を離れることはそれなりに心を痛めていた、とか何とか。けど、そういった期待を持てるほど、俺は自分に価値を見出していなかった。
つまり、何か別の理由があるはずだ、と考えていた。そして、その答えはすぐに現れた。
「実は、お願いがありまして」
そう切り出した彼女の願いはある魔法使いの討伐への参加だった。悪い魔法使い──彼女がそう呼び、告げた名前は俺でも知っている名前だった。幾度となく討伐部隊が向けられ、全滅し続けている。そんな存在を倒しに行くのだという。
「今、私たちの仲間の中には、純粋な魔法使いがいないのです。だから、あなたに仲間になってほしくて来ました」
説明を聞いても、未だに疑問が残っていた。どうして、俺なのだろう、と。
いや、実際は疑問など持つ必要はなかったんだ。彼女は純粋な魔法使いが必要だと言った。理由はこれで全てだ。
これは千載一遇のチャンスだった。とてつもない幸運だと言っていい。好意を抱いていた女性が、他に魔法使いがいないというだけで自分を頼ってくれたのだから。どう考えたって、ラッキーだろう?
……と、そう考えられたら、俺の人生はもっとずっとまともなものになっていただろうな、と思う。俺はまだ何故かと思っていた。
理由はさっき言ったことしか存在していないのに、強欲にも、傲慢にも、俺は
馬鹿げていると思うだろう? 俺もそう思うよ。本当に、馬鹿げている。
けど、一箇所だけ俺の頭は働いた。彼女に対して、“どうして俺なんですか”とは聞かなかった。心のどこかで、本当に俺でなくてはならない理由がないことに、気がついていたからだ。
だから、それだけは言わなかった。そのことは振り返ってみても、ちょっとは褒めてやってもいいような気がする。
「……分かりました。お受けします」
そういった馬鹿げた思考の果てに、俺は返事をした。緊張した面持ちだった彼女の表情が、一転して大きな笑顔となった。
彼女は俺の手を取って、何度もお礼を言ってくれた。
その日は一旦別れて、翌日に仲間と引き合わせることになった。何かいいことがあるんじゃないか、という予感が勝手に浮かんできて、その日は少し寝付けなかった。
そう、予感だ。もう大体、分かるだろう?
人生にいいことが一つもない、とは言わない。でも、そんなに都合のいいことは沢山は起きないもんだ。
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