第八話 護栄直属、戸部の浩然(二)
「着替え終わりました。有難う御座いました」
「休廷の備品だから気にしなくていいよ。汚れたのは捨てちゃっていいから」
「承知致しました。あの、この書類についてうかがってもよろしいでしょうか」
「これ? 帳簿だよ。女の子が金勘定見てもつまらないでしょ」
「いいえ! 実は少ない貨幣種で宮廷の財は無駄なく運用されているのか常々気になっておりまして!」
「貨幣種?」
(お父様が気になってるなら宮廷だって気になってるはず)
「目の付け所良いね。そ。無駄だらけ」
「ですが硬貨や紙幣を作るのは手間ですよね」
「そうだね。それをやるならまずどっか経費削減して予算もぎ取らないと」
「予算……」
戸部の具体的な業務までは知らない。けれど莉雹が言っていた事を思い出す。
『宮廷の財布を握る部署です。もし美星がその長になれば有翼人のために莫大な金額と人を動かせる』
(そうか。それが予算なんだわ)
「君は戸部志望?」
「はい! 私は有翼人も穏やかに暮らせる場所を作りたいのです。そのためにも宮廷の財を無駄なく管理したいと思っております」
「あー、有翼人ね。それは無理だよ」
「……は?」
「獣人保護区だけでも手を焼いてるのに生活力の無い有翼人にまで手が回らないよ。お金以前の問題」
蛍宮には獣人の生活を保障する『獣人保護区』というものがある。
獣人だけが立ち入りを許された区画で、入居が叶えば家賃や生活費の一切を国が負担するという贔屓を極めた制度だ。
しかも優先されるのは肉食獣人だ。草食獣種の住居に肉食獣人が入居希望をしてきた場合は先住が追い出される。給付金の額も獣種で異なるため、獣人の中でも格差を生むため一部からは反感を買っていた。
「ですが有翼人も苦しんでいるのです。誰かがやらねばいつまでも叶いません」
「けどお金がなきゃできないよ。どっから持ってくるのそのお金」
「それは……どうにか……」
「どうにかってどうするのって話だよ。護栄様は見込みのない案は採用しない。気合いだけじゃ駄目だね」
「……やはり獣人優位ですか」
「違うよ。単にお金と人が足りないから全種族いっぺんに対応はできないってだけ。全種族平等ってのは可哀そうに見える特定の誰かを大事にするんじゃ駄目なんだよ」
「ですが有翼人狩りを経験した者は心を病み苦しむ者が多くおります!」
「それは獣人だってそうだよ。獣種ごとに住居の形状や必要な食料が違うのにこの国の流通は人間社会が土台に作られている。生活が合わなくて病気になる獣人も少なくない」
「まさか。獣人優位の国でそんなことがあるわけがありません」
「あるんだよ。そんな程度を知らないなんて視野が狭い証拠。でも挑戦するのはいいと思うよ。結果さえ出せば護栄様は認めてくれる。僕みたいな他国の孤児でもね」
「蛍宮のお生まれではないのです?」
「違うよ。死にかけてたのを護栄様が拾ってくれたんだ。そこから勉強して実績作ってようやく護栄様直属と認めてもらえた」
「直属!? それは何をしたのですか!?」
「配給の予算確保だよ。あちこち削減して毎日配給を行える運用を作ったんだ」
「配給って……」
それはつい先日、天藍が二人の少年を連れて現れた時のことだ。護栄が国民の前で宣言した。
(……あら?)
天藍は二人の少年を連れていた。
一人は護栄。そしてもう一人、亜麻色の髪をした少年が護栄の配給宣言と同時に宮廷へ戻って行った。
目の前のこの少年と同じ亜麻色の髪だ。
「あなたあの時の!」
「配給は足りた?」
「あ、し、失礼致しました!」
美星は慌てて頭を下げた。年下という事もあり気を抜いていたが、礼を欠いて良いわけではない。
けれど少年はけらけらと笑った。
「いいよ別に。僕君と同じ下働きだから」
「下働き!? でもここは戸部ではないのですか? 護栄様直属とはそういうことでしょう」
「それとこれとは別なんだ。礼儀がなってないとか文字が汚いとかで莉雹様の試験を卒業できないんだよね。でも実力があれば護栄様が仕事をくれる。護栄様は実力主義だからね」
「実力! 実力とはどう示せば良いのですか!?」
「予算もぎ取るんだよ。例えばあの配給、実は事前に決まってたんだ」
「え? あの場で決めたのではなく?」
「そんなわけないでしょ。配給は護栄様だって考えてたよ。でもやること多すぎて手が回らないから後回し――ってのを僕が代わりにやったんだ。おかげで全種族に対してやるべき事が同時進行でやれた。これが実力だよ」
「もぎ取るとはどうやって、何をなさったんですか?」
「じゃあ配給を例に考えてみようか。配給は一度じゃなくて永続的にやらなけりゃ駄目だ。けどその配給にかかる食材費は誰が出す? 場所は? 食器は? 作業員はどこから連れて来る? 作業員の給料は? これを継続した場合一年間で必要な金額は? その予算は何を削減してどこから捻出する?」
矢継ぎ早にあれこれと突きつけられ、美星はぱちくりと瞬きをした。
言われていることの意味が理解できず、何を答えたらいいかも分からない。
「これを運用という形にするんだけど、君ならどこからお金持ってくる?」
「え、ええと、何かしらで売上を作るとか」
「宮廷は国民相手に商売できないよ。国債と税でどうにかするしかない」
「国債? 税?」
「それに売上が出るとは限らない。原価と販管費で赤字になればお終いだ。商売やったことある?」
「父が多種族を対象とした商店をしているので手伝いを」
「多種族? あ、もしかして響玄殿の娘って君?」
「父をご存知なのですか」
「護栄様が言ってた。あの豪商響玄の娘とは思えないほど感情的で礼儀知らずだったって」
「な、なんですって!?」
「ほらそういうとこ」
美星はびくりと身体を揺らし、拳をぎりぎりと握り耐えた。
宮廷で声を荒げることは礼儀に反する。すうっと大きく息をのみゆっくり吐き出し気持ちを落ち着かせた。
「まあ頑張んなよ。とはいえ君、護栄様の嫌いな性格してるから無理だと思うけど」
少年はくすくすと笑った。
まるで小悪魔のようなその笑みは明らかに馬鹿にされていて、美星はぎっと少年を睨みつけた。
「まだ何も始まってないんだから分かりません!」
「そう? 言っとくけど僕が戸部に入ったのは下働き初めて二日後だよ。それくらいできないと護栄様に意見する事はできない。僕が誰だかすら知らなかったろ、君」
「……大きな口を利くなら情報収集くらいしとけってことですか」
「察しは悪くないね。僕は
浩然はにやりと笑い、美星はそれ以上何も言い返す事ができなかった。
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