第四話 全種族平等の救世主、皇太子天藍と鬼才護栄(二)

 人々の群がる中心にいたのは二人の少年を連れた簡素な服装の青年だった。上質ではあるが形状は国民と変わらない。


「あれが天藍様? 宋睿と全然違うじゃない」


 宋睿は華美を好んだ。宮廷は煌びやかで高級品ばかりが並び、美術館もたくさん作っていた。

 だがそんなものは国民の日常を苦しめるだけだった。国を華美にするものは全て国民の税で賄われる。宋睿が華美にすればするほど国民は貧しくなった。

 そこにきて天藍はとても地味だ。凡そ皇太子とは思えない軽装で、後ろに付いている二人の少年もだ。

 けれど兎獣人特有の白髪と赤目は絹と宝石のようだった。本人の輝きさえあれば装飾などいらないのだと言っているように見えた。


「美星。叩頭礼だ」

「あ、ああ、うん」


 見惚れて呆然としていた美星は慌てて地に座り頭を下げた。

 宋睿は肉食獣人以外が自分と目を合わせることすら許さなかった。有翼人ともなれば視界に入る事すら許されない。

 その感覚で美星は人ごみの後ろに下がり地に額をこすり付けた。誰もが同じようにしたが、天藍は目の前にいた有翼人の少女の肩を抱き立たせた。


「皆頭を上げてくれ! 今日は皆の日常を教えてもらいに来た!」


 国民はまだざわざわとし、立つことを躊躇った。

 しかし天藍は地に膝を付き、立ってくれと一人一人の手を取っていく。


(自ら膝を付くなんて……)


 宋睿の治世では考えられないことだ。

 国民より目線を低くする姿に大きなどよめきがおきる。


「宮廷からでは見えない事が多い。だから教えて欲しい。何が不足しているか、何が欲しいか。わがままを言ってくれ! 全て俺が用意しよう!」


 次第に人々は頭を上げ始め、天藍の後ろに控えていた少年も国民に声を掛け始める。

 天藍はおびえた様子の有翼人の子供を抱き上げた。


「お前は何が欲しい」

「……お腹空いた」

「食事が足りないか。どんなものを食べたい」

「お肉! お菓子も!」

「私お野菜がいい! ちゃんとおっきいの!」


 気が付けば天藍の足元には子供が集まっていた。口々に飛び出るのは食事のことばかりだ。

 天藍はその全てを聞いて全てに頷くと、共にやって来た少年へ目配せをした。亜麻色の髪をした少年は宮廷へ向けて駆け出し、黒髪の少年は一歩前に出てすうっと息を吸い込んだ。


「本日夜から一日三回の配給を用意します! 各区中央広場へ集まって下さい!」


 わあ、と子供たちは飛び上がった。

 大人もきらきらと目を輝かせている。


(嘘! こんなすぐに決めてくれるの!?)


 響玄も羽無しに食料を配っている。だが響玄とて資金は有限で、できる事には限りがある。こんな大規模な配給を即断即決などできるわけもない。

 三日どころか秒で国民の願いを叶える様子に呆然としていると配給を宣言した黒髪の少年と目が合った。

 少年はにこりと穏やかに微笑むと、美星の前にやって来て地に膝を付く。


「若い女性は男相手では言い難い事もあるでしょう。この後に女性職員が回って来るので教えてやって下さい」

「あ、は、はい!」

「有難う。よろしくお願いします。ご友人がいればぜひご一緒に」

「はい……必ず……」


 お礼を言うのはこちらの方なのに、と誰かが言った。

 天藍も仕えている少年二人も、話を聞くたびに教えてくれて有難うと礼を言ってくれている。


(十七、八よね。子供なのに気遣いできて凄いわ。何もしてこなかった私とは大違いだ)


 天藍もお付きの少年もとても眩しかった。つられて国民も笑顔になり、天藍が歩いた場は賑やかに煌めいていていた。

 その姿は血なまぐさい戦争を率いた人物にはみえない。


「本当に天藍様が戦争を指揮したの? 信じられないわ」

「指揮は執っていないな。殿下は旗印。指揮を執ったのは別の方だ」

「そうなの? やっぱり名のある将軍? 牙燕将軍は宋睿の将軍よね」


 響玄は一瞬目を丸くし、何故か自慢げに微笑んだ。


「その方は座したまま部屋から一歩も出なかった。一つ二つ噂を流して人心を惑わし、結果先代皇派は内部分裂した。三日で終わったのは敵が自滅したからだ。だからこその無血開城」

「動かずに!? 凄いわ! どんな方!? 私でもお会いできるかしら!」

「ああ。すぐそこにおられる。天藍様のすぐ傍だ」

「傍? 天藍様が連れてらしたのは少年だけじゃない。どこ?」

「その少年だ。今お前に声をかけて下さったあの少年」

「……は?」


 響玄はにこりと微笑み少年の方に目を向けた。


「鬼才護栄。三日で国を崩し一年で立て直した。今や蛍宮政治の要となった方」

「嘘! 私より子供じゃない!」

「そうだ。だが戸部も護栄様が担っておられるらしいぞ」

「戸部!?」


 美星は莉雹の言葉を思い出した。


『宮廷の財布を握る部署です。その長になれば莫大な金額と人を動かせる』


 有翼人狩りに端を欲した解放戦争は三日で終わった。

 その後半年で響玄は豪商の地位を確立し、国民も豊かになった。

 その全てはあの少年が成したことだった。


「……あの方の元に就くことができれば何か変わるかしら」

「変わる。護栄様が味方に付けばこの世でできないことなどないだろう」

「有翼人は幸せになれる?」

「それは努力次第だ」


 響玄はぽんっと美星の頭を撫でた。


「莉雹殿から入廷日の連絡があった」

「本当!? いつ!? どこで働けるの!? 護栄様のところ!?」

「いや。まずは下働きとして入り教育を受ける。その後適正検査を経て業務が決まるそうだ」

「えっ!? 戸部じゃないの!?」

「護栄様直轄だからな。そう簡単にはいかん」

「……勝ち取れということね」

「そうだ」


 護栄はもう見えなくなっていた。けれど国民が喚起する声がどんどん広がっていく。

 美星はぐっと拳を握った。


「有翼人が愛し愛される場所を作るわ。そのためにも護栄様の元へ行く!」


 美星は聳え立つ宮廷を振り向いた。

 復讐の矛先でしかなかった場所は不思議と煌めいて見えた。

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