第21話 宴もたけなわですが
「っていうかよ、神さま以前に魔術が無いってのがやっぱり想像つかねぇよ、なぁ?」
困惑する俺を救うようにエルバートが割って入ってきてくれた。
言葉の雰囲気から察するに彼もそう信心深い性質ではないらしい。
エルバートが問いかけた先がルドルフということもあって、おかげで俺は一息ついて落ち着くことが出来た。
なぜアンジェリカがああなっているのかは分からない。
分からないが彼女もまた群を抜いて特殊な人物であることは確かだ。
勇者なんてものにされて異世界に呼ばれるだけあって、俺を始め何かしらクセのある奴らが集まっているのだろうか。
彼女のことは念のためメレディスには伝えておいた方がよさそうだ。
それにしても、初日に対抗意識を燃やしていた割にすっかり意気投合したのか、エルバートはここまでルドルフとばかり話をしていた。
こいつらにも何らかのクセがあるとして、昨日の今日でもうデキてる訳ではないよな……?
新たに生じた動揺をよそにルドルフが話しかけてくる。
「全くだ。それに僕には未だに信じられないのだが、ルシアン殿の世界には本当に魔物が居なかったのか?」
「あぁ、居なかったよ。おかげで心置きなく商売に集中出来ていた」
「もし俺の世界もそうだったら俺も槍じゃなくて商売の勉強でもしてたのかね」
ルドルフに返事をすると、エルバートも話半分といった具合に相槌を打つ。
まぁ、いがみ合い仲違いするよりは良い方がいいか。
俺の杞憂で無ければアンジェリカは爆弾だ。
そうなると誘拐被害者の会は一気に三人になる。
彼らには力を合わせて困難を乗り切って欲しい。
「あぁ、行商として世界を回るのも悪くないね。でも、やはり僕には夢物語のようにしか思えないよ」
んー、どうも腑に落ちないみたいだな。
今この場にはこの世界を含め異なる六つの世界の出身者が居る。
なのに、そのうちの一つだけが異なる、その所為でもあるんだろう。
俺としては前提条件すら異なる悪魔の証明に、ただただ手を替え品を替え説明するしかない。
そう考えていたのだが、酒が入っているせいか二人は目の前でじゃれ合いだした。
「なんでお前と一緒に商売しなきゃなんねぇんだよ」
「誰も一緒になんて言っていないだろう。君とやるくらいなら本職のルシアン殿に師事するよ。ねぇ、ルシアン殿」
もう説明はしなくてよさそうだが、問いかけられれば無視は出来ない。
苦笑しつつ口を開こうとしたところ、俺にばかり興味が集まるのが面白くないのかマイヤーが鼻で笑って口を挟んだ。
「止めておきたまえ、勇者諸君。魔術すら無いそいつの世界などたかが知れている。聞く価値すら無い。貴様の話に時間を割いてわざわざ聞いてくれるのは、せいぜい下賤な使用人か道端の物乞いくらいだろうよ?」
彼は厭らしい笑みを機嫌よさそうに浮かべていた。
酒で口が軽くなっていて、周囲への遠慮が無く余計に鬱陶しい。
マイヤーは俺が言い返さず黙っていることに気をよくしたのかさらに続ける。
「今日諸君らが勇者としてこの世界の脅威と立ち向かう準備をしている時に、彼はヒマ潰しに庭師と会話を楽しんでいたようだ。まぁ、邪魔しないだけマシというものか。ところで、明日は見習いの侍女でいいかな。庭師とはいえ連日遊ばせるわけにもいかないのでね、君とちがって。くっふふふふ」
彼にとって取るに足らない話し相手を用意したことを明らかにしているが、これはうっかりなのかわざとなのか。
相手にする気が無い以上もうどっちでもいいのだが、こいつのせいでまたシラケてしまった。
終わり方としては最悪だがもうお開きにしてくれないだろうか。
食事も終えているのだし誰もここに留まる必要がなく、ここからもう一度歓談という訳にもいかないだろう。
その時、この会の主人であるイリアリアが声を上げた。
「でしたら、明日からは私がルシアンさまのお話しを伺います」
突然のイリアの宣言に全員の視線が彼女に集まる。
いったい何を言い出すのか。
俺も真意を問うべく視線を送り続けたが、彼女はじっとマイヤーを見つめて目は一向に合わなかった。
「問題ありませんよね。召喚の儀も確認の儀も済みました。幸い私の手は空いておりますから」
「し、しかし、王女さまのお手を煩わせるわけには……」
「いいえ、私が異世界の話を聞きたいのです。なによりルシアンさまは商人だったようですから色々な土地をご存知のはず、想像するだけで心が躍りますわ!」
そう言って目を輝かせるイリアを諦めさせるためマイヤーは何とか知恵を絞り出そうとしているが、アルコールの回った頭は思うように働いてくれないみたいだ。
すぐに奴は助けを求めるように目の前の将軍を見たが、彼はなぜかイリアの言葉に頷くばかり。
彼も乾杯以外酒を飲んでいなかったが、もしやこれが彼の素なのだろうか。
豪放磊落というか適当というか、失礼ながらこの短い時間では少しこの国の軍部について不安を覚えざるを得なかった。
「ゲラルドよ。別にいいではないか、大役を果たしたイリアの気晴らしにもなろうというものだ」
「は、ははぁ……」
名前を呼ばれた時は味方をしてもらえると顔を晴れやかにしたマイヤーは、国王が言葉を終える頃には自分のアテが外れて呆然としていた。
まぁ、国王はどっちでもいいのだろう。どうせ俺のことはそのうち始末するつもりなのだし。
「ありがとうございます、陛下っ」
「うむ、では今夜はこれまでとしようか」
国王と王妃に続きイリアが席を立ち広間を後にしたのを機に、それぞれが各々の部屋へと戻って行った。
勇者たちとはもう少し話したかったな。
イリアリアではないが、異世界の者というだけで興味は尽きない。
特にユニスともっと話したかったが、不安を払拭するという意味ではアンジェリカにも興味が無くはない。
でも、下手に声をかけることはせずに自分の部屋へと戻ることにした。
元の世界へ帰ることになっている俺のことを、マイヤーの言葉に彼らが内心どう思っているのかは分からないからな。
俺の第一は城からの脱出だ。
その妨げに成り得る可能性は出来るだけ避けないといけない。
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