第19話 懇親
広間といっても昨日一堂に会した所とは別の場所だった。
向こうもかなり広かったが、ここも大概広い。
一時期取引のあった独裁者の宮殿で食事に招かれたことを思い出した。
やはり、こう広いとそれだけで、食事というより晩餐会と言い表す方がしっくりくる。
だが、俺とイリアリアを待っていたのは埋没出来るような人数ではなかった。
テーブルに着いていたのは国王と恐らく王の妃、そしてマイヤーと勇者の面々。
最後に初めて見る髭面の大男の八人、それで全員だった。
テーブルに用意されている食器の数から察するに俺たちが最後らしく、俺たちを足してもギリギリ十に届いたところか。
「陛下、王妃様、遅れて申し訳ございません」
「構わんよ、我々も先ほど来たばかりだ」
イリアリアの謝罪に王は何でもない風に、王妃はただ会釈して答えた。
彼女がメレディスの引いた席に座ったのを見て、俺もメイドに勧められた席に着こうとすると、部屋に入った時からずっと睨んできていたマイヤーが苛立たし気に口を開く。
「誰の席かと思っておれば……今宵は勇者たちの歓迎と懇親のために設けられた席のはず。商人のくせに利益すら生み出さん貴様がなぜここに居る?」
「王女さまからお誘いを受けたからだ」
即座に返事をしてやったが奴がそれで納得するわけもなく、その上自分が正しいと信じ切っている様子で鼻息荒く声を張り上げる。
「ふんっ、これだから浅ましい身の上の者は困る。王女さまのご厚意に無遠慮につけ上がりおって。そこは丁重にお断り申し上げるのが礼儀であろう、厚顔無恥も甚だしい!」
「おやめ下さい。ルシアンさまは勇者ではないかも知れませんが当家の客人です。そうですよね、陛下?」
マイヤーは自分が王女から叱責を受けるとは夢にも思っていなかったのか目を白黒させている。
さらに追い打ちをかけるように、彼女に促された国王までマイヤーを咎めた。
「その通りだ。ゲラルドよ、そのような事でいちいち目くじらを立てるな。お前こそ臣下の身で王女が開いた席にケチをつける気か」
「陛下、そんなつもりは全く……申し訳ございません……」
口ではそう言いつつもマイヤーは王妃をチラリと見たが、王妃の手が機嫌を損ねた国王の腕にそっと添えられているのを見ると、彼はそれ以上食い下がりはしなかった。
「貴様、覚えておけよ……」
苦虫を噛み潰したような表情でこちらを睨んでくるが、こいつはこれから食事だということが分かっているのだろうか。
こんな空気ではどんな食事でもそう美味くは感じられないだろうに。
ここは一つ、皮肉を交えた謝罪でも入れて場を和ませるか。
マイヤーにはいっそう憎まれるだろうが、どうせ俺が何をしても奴は気に食わないだろうしな。
そう考えて口を開こうとしたその時、ぐぐぐぐぐぅ、と低いくぐもった音が広間に鳴り響いた。
「申し訳ございませぬ。それがし、昼もよぉけ食うたはずでしたが、先ほどより腹の虫が騒いでおりまして。なんとか堪えておりましたが、とうとう鳴ってしまいましたわ!」
まさかとは思ったが本人の自己申告があったし、やはり腹の音だったようだ。
それにしても、人の腹があれほど大きな音が鳴らせるものだったとは……ちょっと驚いたな。
「ははは、よい、気にするな。相変わらず将軍の腹の虫はその身体に似合って大きいようだな。ではイリアよ、そろそろ始めるか」
「ふふ、お待たせして申し訳ないですわ。では乾杯いたしましょう。我らがイーデルベルク王国とこの世界の危機に駆け付けてくれた勇者たちに」
王女の音頭にグラスを掲げる。
グラスを触れ合わせることのない静かな乾杯だったが、それまで漂っていた気まずい空気はどこかへ霧散し、腹の虫に仕切り直された夕食会は一応順調な滑り出しを迎えた。
うん、ワインだな。
皆一様に飲んでいるところを見ると、やはりここでは飲酒が年齢で規制されている訳ではなかったか。
しっかりとした深い味わいの赤、好みの味だが一口で止めておこう。
俺はすぐ側で給仕を務めるメイドを呼ぶ。
「すまない、お茶を頼めるか。料理の味を邪魔しないものがいい」
見ると、イリアも俺がお茶を頼むのを見て同じように頼んでいた。
助言を受け入れてくれたようで何よりだ。
ますます飲むわけにはいかないな。
さて、出席者の半数、つまりは召喚された勇者たちだが、王族と同席しての食事ということで最初は目に見えて緊張していたが、酒のおかげか吹っ切れたのか次第に会話も交えるようになってきた。
無論、それでも彼らが国王と会話することはほとんどなかったが、将軍とはすでに面識があるらしく幾分親しげに話している。
どうやら将軍がここに居るのは勇者の訓練役を任されているからのようだ。
また、国王はというと、姪であるイリアや王妃に将軍、側近であるマイヤーとは話しているものの、さほど口数は多くない。
ちなみに席順は国王と王妃がいわゆるお誕生日席、長方形のテーブルの短辺に座っており。
王と王妃に向かって右手側にイリア、左手側に将軍が座り、そこから男女が向かい合う具合でイリア側には神官魔術師、将軍側にはマイヤー剣士槍使いが並ぶ。
そのまま俺も槍使いの隣かというと違った。
俺の席は魔術師の隣、女性サイドだ。人数合わせかな。
申し訳ないが槍使い君には俺で我慢してもらうことになるな。
……いや冗談だ、少なくとも俺にその気はない。
それにしてもこの席順、俺としてはありがたい。
魔法使いの彼女……彼女でいいんだよな?
まぁ、どちらでもいいか。
ユニスとは是非話してみたかったのだ。
隣に座る彼女を見やると、銀色の髪を左耳の前で三つ編みにして垂らしている。
昨日右から見た時は見えなかったが片側だけ編んでいるのだろうか。
そんなユニスには、別に何かされた訳でも揶揄われた訳でも無いのに、どことなくイタズラ好きな猫を思わせる愛らしさがある。
うん、やはり女の子で合っているだろう。
先ほどまでは出される料理について適当に話していたが、そろそろ気になっていたことを聞いてみるか。
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