第17話 贈り物という名の業
「それにしても本当に細やかで美しい細工ですね」
ソファーに座ったイリアリアは何事も無かったかのように、手にしたスキットルをうっとりと眺めている。
アラベスク模様の銀細工が気に入ったらしい。
決して酒を舐めたことで満足したからではない……はずだ。
「イリアさま、お愉しみのところ申し訳ないですが、そろそろお話に移った方がよろしいのではありませんか?」
「あっ、そうでした!」
イリアリアはメレディスが差し出す手を拒み、いそいそとスキットルをドレスの中にしまうと居住まいを正した。
まさかスカートの下に収納スペースがあるとは……。
ともあれ、大事にはしてもらえそうでなによりかな。
「お話というと私の身を守る、という類の話でしょうか?」
「はい、そのことです」
「でしたら、お断りします」
俺はもう彼女にはこの件に関わって欲しくないのだ。
俺が即答したことに彼女は驚いた様子で少し目を見開いたものの、一瞬目を閉じるとその雰囲気を変えた。
「理由をお尋ねしてもよろしいですか?」
「そうですね。これ以上あなたに負担をかけたくない、というのが正直な気持ちです」
「つまり、私がルシアンさまへ負い目を感じていて、あなたさまの助力をしようとしている。そう思われているということでしょうか?」
「違うのですか?」
先ほど、俺は彼女に自分の考えを押し付けた。
押し付けた結果、彼女の心の重荷は多少軽くなっただろうが、人の感情はそんなに単純じゃない。
受け取り方も違えば、そもそも俺が知らないこともあるだろう。
別に知りたい訳じゃないが、それが動機になっているのなら話して貰うしかない。
どうやら彼女はまだ俺を助けるつもりのようだが、俺は自分のせいで彼女に危険が及んぶことは避けたいのだから。
「この部屋に来た時は確かにそうでした。ルシアンさまに負い目を感じていたことも助けたいと思った大きな理由です。でも、今は違います。ただ、あなたに生きていて欲しいのです」
「あなたはいい人だ。そう言ってもらえて嬉しいですよ。ですが、私もあなたに争いに巻き込まれて欲しくないのです」
「巻き込まれてなんていません。私から始まっているのですから」
今度は俺が驚く番だった。
賢い彼女はいったい何を語ろうとしているのだろうか。
恐らくはまだ歳若い彼女を大人びさせた一因があるのは間違いない。
「あなたから始まっているとはどういうことですか?」
「どこからお話しすべきでしょうか。人に話すのは初めてなので……やはり、順を追ってお話ししましょうか」
「イリアさま」
イリアリアが説明を始めようとすると、メレディスが割って入り言葉を濁して制した。
だが、イリアリアは安心させるように表情を緩め、だいじょうぶと小さく首を振ってみせた。
「始まりは五年前、私が勇者召喚の儀の核となるギフト、救世の巫女を発現したことです」
「神からの贈り物、でしたか」
「はい、勇者さま方が受け取られるギフトは特別ですが、勇者さまをお迎えするために必要な救世の巫女も同じくらい特別とされています」
「なるほど」
強力な勇者を呼ぶためのギフトだ。
どう考えても一人の勇者より重要だろう。
「救世の巫女のギフトは勇者召喚の儀を行う上で核となるスキルが使えるようになりますが、巫女一人では魔力が足りず儀式は成功しません」
「魔力さえあればいくらでも呼べるのですか?」
「いいえ、特別なスキルで一度しか使えないのです。そのためのスキルは既に失われました」
つまり、俺の代わりを呼ぶことは出来ないということか。
「続けますと、私がギフトを発現したこと知ったのはごく少数で、すぐさま箝口令が敷かれました」
「箝口令、なぜですか?」
「市井の者たちが不用意に混乱せぬようにです。もちろん、魔王が居ない時代にも救世の巫女のギフトは発現しています。ですが、どうしても結び付けやすいので」
「なるほど、実際は関係なかった、と」
マイヤーとのやり取りが浮かんだのは俺だけでなかったようで、苦笑したイリアリアも表情を戻すと再び口を開く。
「箝口令を敷いた後は各国と連携を取り合って勇者を召喚する運びとなります」
「となると、昨日あの広間には各国の者たちも居たのですか?」
俺がそう聞くと彼女は表情を曇らせた。
これまでの流れを聞く限りこの国だけでなく、世界の一大事なのに大広間にはかなりの余裕があった。
そのことが不思議だったが、その理由が彼女によって明かされる。
「あの場には我が国の者たちしか居りませんでした。実は、この度の召喚は他国との協定に反したものなのです」
「つまり、連携を取ってこなかった、と?」
「はい。叔父は他国を出し抜き王国に勇者さま方を出来るだけ多く取り込もうとしているのです」
そう言えば、魔王との戦いで勇者が死んだ記録は無いと言っていたか。
戦争後のパワーバランスを左右しかねない存在を繋ぎとめることに重点を置くのも当然だな。
「そして五年前、当時宰相であった叔父の考えと、国王で会った私の父の考えは異なりました」
「お父上は協定通りにしようとなされたのですか?」
「はい、当時はまだ幼かったので詳しいことは母から聞いた話なのですが、叔父は王族の子たちが勇者の配偶者になり得ないことを理由に反対したようです」
なるほど、王族の子を勇者の配偶者にして国に繋ぎとめる、か。
現国王の子のことは分からないが、イリアリアとさほど変わらないと仮定すると五年前では難しいだろう。
「父は貴重な人材が流出するか時期を遅らせるべき、という叔父の意見にも理解は示したそうですが、他国との約定を違えて信用を損なえばそれこそ国益を害すると考えていたようで……」
「難しい問題ですね」
客観的に見ればどちらかが正しいと言い切れるものじゃない。
道義によればイリアリアの父が正しいし、国益を鑑みれば現国王も間違ってはいないだろう。
「実際に議論は平行線を辿り、父に男子が居なかったこともあって、事は王位継承権問題も絡んだ叔父の派閥との争いに発展しました」
俺は思わず顔を顰める。
今、王位に座るのは彼女の父ではない。
それが意味するところは一つだ。
「私のギフトが発現した半年後、父は臣下の一人に毒を盛られて死にました。叔父はその者と一族の者を捕らえて処しましたが、母が言うには……」
「イリアさま……」
言い淀んだイリアリアをメレディスが気遣うが、彼女は軽く手を挙げて問題ないと示した。
「王位について叔父は変わりましたが、それまでの叔父上は本当にとても優しい人でした。私は、叔父上がさせたとは思っていません」
そう言い切るイリアリアの目は新しい涙を湛え、父を失った悲しみこそあれど憎しみは見えなかった。
本当に強く、優しい子だ。
俺は立ち上がり彼女にハンカチを渡す。
「ありがとうございます。ルシアンさまは望まずにこの世界に来たことを、私のせいじゃないと言ってくださいました。すごくホッとして、とても嬉しかったです」
涙を拭った彼女はふにゃっと笑って礼を言ったが、すぐに疲れたように笑顔が薄れる。
「でも、既にこのギフトで父を亡くしました」
君のせいでないと、また即座に言ってあげたかった。
「母の笑顔も、優しかった叔父も失いました」
けれど、俺の言葉では届かない。
彼女が語る三人を知らない俺が否定しても、それは空っぽな嘘でしかない。
でも、俺はただの異世界人じゃない。
何十年も裏世界で生き抜いた、おっさんだ!
「もうこれ以上……誰も、私のギフトの犠牲になってほしくないんです。だから……」
「分かった。君の力を借りるし、絶対に死なない。君の叔父にも、そのギフトにも、俺は殺させない。約束だ」
俺が片膝をつき視線を合わせて告げたところ、顔をくしゃくしゃにしたイリアリアが胸に向かって飛び込んできた。
驚きつつも腕の中に受け止めると、彼女は顔を押しつけて嗚咽を漏らした。
話を聞きこうしている今も、彼女を危険に晒したくない気持ちに変わりはない。
でも、彼女を無理に遠ざけ苦しめては意味がない。
そこを何とかするのが大人の仕事だ。
生きてやろうじゃねぇか。
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