第14話 魂の叫び声

「あなたの所為ではないと思いますが?」

「それは……なぜです?」

「あなたが私を選んで連れてきたのなら少しは責任があるかもしれませんが、それは有り得ません。もし選べるなら商人は外すでしょう」

 俺と同じ世界からしか呼べなかったにしても、普通なら何らかの武術の達人か特殊な技能を身につけた本職の軍人や工作員を選ぶ。

 そんな俺の説明に彼女は僅かに目を見張った後、苦笑しつつ答えてくれた。


「そう、ですね。でも……ルシアンさまや皆さまには申し訳ないですが、選べなくてよかったです。もしも選べたら、私は巫女としての職務を果たせなかったかもしれませんから」

 と、さらりと言ってのける彼女に俺は違和感を募らせた。

 おそらくだが、召喚の儀式とは勇者に適性のある人間が、神か何かに選ばれて連れられてくるものなのだろう。

 もしも選べたら、という言葉と彼女の人となりからそれは伺える。


 つまり、勇者は神によって選ばれてくるのが当たり前のことであり、選ぶ云々という話は常識として彼女の頭になかったはず。

 だからこそ彼女は、選べたらという俺の発言に驚いたのだ。

 ほんの一瞬。

 ほんの一瞬だけだ。


 自分の常識と異なる概念に驚いたのに、彼女が驚いたのは一瞬だった。


 彼女はすぐさま、選べなくてよかった責任を果たせてよかった、と答えてみせた。

 それはまるで、どんなことがあっても自分にこそ一連の責任がある、そう考えているように思える。

 ……胸が苦しい。

 やめてくれ、まだ子どもだろう。

 身勝手な大人の犠牲にならないでくれ。

 だが、俺の推測を裏付けるように、彼女は再び言葉を紡ぎ始めた。


「私たちの勝手な都合で無関係なあなた方を連れて来たのに、お帰しすることが出来なくて申し訳ございません。それどころか、こうなった今、私一人ではルシアンさまを守ってさしあげることも出来ないのです。私のことも、簡単には信用できないかも知れませんが、協力は惜しみません。一緒にこの状況を乗り切れるように頑張りましょう」

 あぁ、やっぱり彼女もそうなのか……。

 頭をハンマーで殴られるようなショックが胸に響く。


「……はは、驚いたな、まるで貴女の他には責任を取る人が居ないような口ぶりだ。少なくとも私にはこうなった責任の一端があると思いますが?」

「確かに、貴方がもう少し冒険心溢れる口を抑えて下さっていれば……。ですが、それだとあなたが帰りたいことに気づけず、手助けすることは出来なかったかもしれません」

「では、王はどうですか。王の人徳により私を含めた五人が呼ばれたのでしょう。なら、責任が王にあるのも——」

「いいえ、もう止めましょう。こちらの恥を晒すのがオチですから」

 俺は怒りが湧き上がるのを抑えつつ、なんとか彼女が背負ってしまっている重荷を下ろそうと試みたが、彼女は寂しそうに笑って話を終わらせてしまった。


 その顔は、彼女のその表情は、まだまだ大人とは呼べない少女にさせていいものでは無かった。

 ただ諦めるだけではない。

 彼女はすべてを理解した上で自分が犠牲になることを受け入れていた。

 そのことに気づいた瞬間、俺はなんとか掴んでいた理性の手綱を放り出し、感情が暴れ出すまま言葉を走らせていた。


「よく聞け、君の決断や想いを軽んじる訳ではないがよく聞いてくれ。その考え方じゃそのうち世界から良心は消えてしまう。確かに、携わっていたのは確かだろう。でもそれは仕方がないことだし、簡単にどうこう出来ることじゃなかったはずだ。君一人で責任を抱え込む必要はないんだ」

「で、でも私が……!」

「でもじゃない! 細かい事情は知らないが君は一国の王女だ。その立場にあった責任を嫌が応でも負う定めなんだろう。けど、これはそうじゃない。今回のことばかりはそうじゃないんだ。俺がそう確信している。君が否定しても少なくとも俺のことに関しては君のせいじゃない。これだけは譲らない。俺の命が狙われているのは君のせいじゃない!」

 思わず掴んでいた彼女の肩はドレス越しにもか細く、この肩に責任を乗せていたのかと思うと、こんな子に助けてもらおうとしていたのかと思うと、耳にミシリと音が届くほど歯が食い縛った。

 俺は目を閉じ、なんとか力を緩め再度口を開く。


「君が払おうとしている犠牲は本来別の人間が払うべきものだ。俺自身か、王か、他の誰かは分からない。でも、君でないことだけは確かなんだ。だから自分を責めるな。君は悪くない。俺を守ったり助けたりする義務も必要も、君には全く無いんだよ」

 驚きつつも俺の目を見て聞いていた彼女、その揺れる大きな瞳から一筋の涙が流れる。

 それを見た俺はそっと彼女から離れた。

 

 悲痛な覚悟を決めた子どもの顔を見るのは初めてじゃない。

 そして、往々にして気分のいい思い出にはならないのだ。

 そういった記憶の中のある一人の少女、後に俺の片腕となった女性が彼女に被って見えてしまった。

 昨夜反省したばかりなのに簡単に抑えるのを止めたのは、もしかすると彼女が背中を押してくれたのかもしれない。


「申し訳ありませんでした。つい感情的になり無礼を働いてしまいました。お許しを」

 彼女への敬意から一応言葉を正して謝罪をし、そのまま頭を下げていたが返答はない。

 しばらくして顔を上げると、ずっと沈黙を保っていたメイドが彼女のすぐ隣に歩を進めていた。


「おっしゃる通りですよ。勇者さまならまだしもルシアンさまはただの商人なのですから、礼儀にはくれぐれも気をつけて頂かないと」

 メイドは冗談めかした口調で俺に話しつつ彼女を優しく抱きしめた。

「でも、よかったですねイリアさま。恨まれているのでは、とずっと心配されてましたものね」

 そう言って寄り添うメイドの言葉に、止まっていた涙がふたたび彼女の目からつうと零れる。


「……うん。よかった、よかったです……」

 彼女は小さく呟くと、さめざめと泣き出してしまった。

 それは、彼女が初めて見せたそのままの素顔だった。

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