第13話 王女の顔の裏表
「そこのあなた、一体ここで何をしているのですか?」
昨日の禁欲的なドレスとは異なる優雅なブルーのドレスを纏った王女、イリアリア=イーデルベルクが庭師へと問う。
その声は可憐な彼女の容姿や昨日の話し声からは想像し難いほど厳しく冷たく、彼女がやはり王族であることを理解させられ、またその内に怒りが秘められているのが垣間見えた。
一方の庭師はというと先ほどまでの朗らかな様子とは一変、顔を真っ青にするとソファーから立ち上がり床に平伏した。
彼の小刻みに震えて伏せたまま何も発しない。
俺はその心中を推し量り、代わって彼女の前へ出た。
「私がマイヤー殿へ卑しくも宿代代わりに知識の提供を申し出たのですが、どうも皆さまお忙しいようで回り回って彼に声がかかったみたいです。話してみると気の優しい青年でして、彼も仕事はあったはずですが断り切れなかったのでしょう」
「……分かりました。もういいからお行きなさい」
彼女は俺が話し始めた時点で庭師を見ておらず、その大きな目を俺から離さぬまま庭師に告げた。
王女の許しが出るや否や、庭師はすぐさま跳ね起きて一礼すると、そのまま脱兎のごとく部屋から出て行ってしまった。
参ったな、これでは二度と来てくれないかも知れない。
脱出する時に手札の一つになればと考えていたのに。
「何を考えているのですか?」
怒りの矛先が庭師に向いていたはずがない。
だが、俺も彼女を怒らせるようなことをした覚えは無い。
無いのだが現に彼女が怒っている以上、今後のためにもその理由は明らかにしなければならないだろう。
「何をと申されましても私には何のことやら」
「あなたはっ、大変危うい立場にあるのですよ。なのに、御力の確認にもいらっしゃらないで使用人とのんきに談笑しているなんて!」
あぁ……やはり彼女は叔父の思惑に気づいていたか。
しかし、他の者の耳がある状況で軽々しく話していい話題ではない。
彼女が連れているメイドは問題ないかもしれないが、どこに耳があるかは分からないのだから。
ちらりとこの部屋付きのメイドを見ると、彼女もまた庭師のように顔を曇らせて緊張した面持ちで立っていた。
王女もそんな俺の視線に気づき、それを辿ってメイドを見るとその様子から何かを察したようだ。
「あなた、ルシアンさまに確認の儀のことをお伝えしなかったのですね?」
「も、申し訳ございません! マイヤーさまにルシアンさまは近日中に帰られるから必要ないと言われ、お伝え出来ませんでした……」
確信めいた王女の言葉にメイドはすぐさま平伏して白状した。
アポイントがすぐマイヤーにいったことといい、やはり奴が彼女に直接命令していたということで間違いなさそうだ。
「あなたは王家に仕えているのですか、それともマイヤーに仕えているのですか。王家の客をもてなすメイドならそこをよく考えてお世話をすべきでしょう。ルシアンさまを蔑ろにするあなたの行動は、臣下であるマイヤーを重視し王家を軽んじています」
王女も俺と同じ考えに行き着いたようだが、その言葉は思った以上に重い。
貴族、それも王の側近から直接命令された一介のメイドが、王家の威光を鑑みて自分の身を顧みず行動するというのは簡単なことではないだろう。
と言っても、王女にも王族としての立場がある、ここは俺が間に入ろう。
「王女さま、マイヤー殿の言い分も理解出来ますし私は気にしておりません。それに彼女とて致し方なく命令に従ったのでしょう。だから今回だけは許してやってはもらえませんか?」
「……では、ルシアンさまに免じて不問にいたしましょう。その代わり、私がここに来たことを誰かに告げることを禁じます。私とあなたは本日会っていないのです。それが十分に分かったら下がりなさい」
「はい、承知いたしました。失礼いたします……」
メイドはか細い声で絞り出すように了承すると、覚束ない足取りで部屋から出て行った。
「本当によろしかったのですか? 彼女はマイヤーの駒の可能性がありますが」
扉が完全に閉まるのを確認して王女について来ていたメイドがそう尋ねる。
この身分制度が厳しい社会で勝手に口を開いていいのだろうか……。
いや、それだけの信頼関係があるから側付きにしているのか。
「それはもう仕方がないでしょう。確かにルシアンさまのおっしゃった通り、彼女は命じられているだけの可能性もありますから」
ねっ、と俺に同意を求めるのに小首を傾げて聞いてくる。
先ほど見せた迫力からいきなりこれか。
やはり、こういう所はただの少女と侮ってはいけないな……。
思わずドキリとしてしまった仕返しではないけれど茶化すように答える。
「えぇ、それに王女さまが今きつーく言い含められたではないですか」
「あんなのは建前です。アレで大人しくしてくれたら随分助かるのですけれど」
彼女はさらりと受け流し、ため息交じりにこぼす。
王侯貴族の居る社会、まるっきり庶民の俺なんかが知らないイザコザがあるのだろう。
可愛らしい容姿に似合わず、なんとも苦労の多そうなお姫さまだ。
「……なんですか?」
「いえ何も。そうだ、ご助力していただけると考えてもよろしいですか?」
ジッと見ていたのを見咎められたような気がして即座に話題を変えた。
あまりに急な話題転換に一瞬戸惑う様子を見せたが、それも束の間、すぐに理解して切り替えてくれた。
「……私のせいであなたが殺されるのを黙って見過ごすわけにはいきません」
そんな真摯で悲痛な彼女の言葉に、メイドが後ろで困ったような表情を浮かべている。
本当に彼女は俺を助けていいのだろうか。
まぁ、俺は助けてもらうに越したことはないが……それはともかく、少し、気になるな。
俺は昨日から胸につっかえていたモヤモヤを解消することにした。
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