第12話 何気ない歓談
翌朝、朝食を済ませてから誰かにアポを取るようメイドに頼んだ。
逃走のための情報収集のためだ。
あと、軽く保険をかけておきたいというのもある。
国王が不必要に急いで、逃げ出す前に刺客が差し伸べられては困るからな。
そうならないための時間稼ぎもしておかなくては。
と、考えて頼んだのだが、メイドに案内された先に居たのは意外な人物だった。
「私は暇ではないのだよ。そもそも、この場内で君以外の人間は誰しもが今働いているのだ。我々の邪魔にならぬように陛下の温情で宛がわれた部屋で大人しくしているべきではないか?」
その忙しいらしい仕事の手を止めてまで俺の相手をしてくれているのは、昨日俺と一悶着起こした王の側近、確か名はマイヤー。
直接こいつの元へ連れて来られたことから推測すると、もしかすると俺はこいつの管轄下にあるのだろうか。
仮にそうだとしたら心置きなく逃げられる。
せいぜい監督不行届きの責任を負ってもらおう。
「いや、マイヤー殿の全くおっしゃる通りだ。俺も世話になりっぱなしなのはどうかと思ってね。もし良ければ俺の知識が役に立つかも知れない。誰か話せる相手を用意してくれないか」
「ふんっ、ただ飯喰らいの自覚はあったようだな。……まぁいいだろう、どうせロクなことは知らんと思うが誰か寄越してやろう。もちろん私ではないぞ、私には商人ごとき、それもお前程度のような者が話す与太話に付き合う暇などないからな。そら、用が済んだらさっさと出ていくがいい」
あごをしゃくってドアを指す。
奴の顔がニヤついているのが少々気になるところだが一応の目的は達成した。
とりあえずは大人しく退出することにしよう。
適当に礼を言って部屋に戻り寛いでいると、ほどなくして粗末な服を着た青年がメイドに連れられやって来た。
服のそこかしこ、特に膝や袖口に土で汚れた跡が見られ、近寄れば手もよく使われていて爪や皺に土汚れがあることから庭師か何かだと思われる。
なるほど、部屋でニヤつくマイヤーの顔が目に浮かぶようだ。
まぁ、念のために確認しておくか。
「何か用だろうか?」
「あっし、いや、私もいきなりで事情が分からんのですが、マイヤー様に言われて来ました。あなた様の話し相手になってやれ、ではなく、なるようにと言われまして……」
無理もないが彼自身よく分からず戸惑っているようだ。
メイドへしきりに目をやっているが、彼女も言われた通りに案内しただけのようで困惑した表情を浮かべている。
「そうか、よく来てくれた。ではそうだな、そこにでも座ってくれ。君、案内ありがとう。あぁ、使い立ててすまないが何か飲み物を二人分頼む」
メイドは俺の言葉にホッとした様子で一礼すると部屋を後にしたが、青年はいまだおろおろとして佇むばかり。
なので、俺は先にソファーに座ると対面を手のひらで示して再度座るように勧めた。
それでも彼はいまだ迷うように視線を送ってくるが、それ以上の指示が与えられないことで察したのか、ようやく観念した様子で恐る恐る浅く腰を下ろした。
「改めて、よく来てくれた。俺の事は知っているのかな?」
やはり緊張を解すには笑顔が一番だ。
笑みを浮かべ彼の目を真っすぐ見て答えを待つ。
すると、おずおずとではあるが彼は口を開いた。
「……はい、遠方からいらっしゃったお客さまだと聞いております」
お客か、勇者と知らせなかった理由は分からないが、今はどうでもいいか。
おおかたこれもマイヤーの嫌がらせだろうし俺にとっても都合がいい。
話を合わせて適当にでっちあげよう。
「そうだ、俺はただの商人だ。大店の店主という訳でもない。こうしてもてなされたのも祖父に昔の伝手があっただけだ。だから畏まる必要は毛先ほどもない。気兼ねなく話してくれると嬉しい。俺はすでにそうしているが。君は、庭師かな?」
「そうです、私は……あっしは、親父と一緒に庭師をやっとります」
無理に丁寧に話そうとしているのを手で遮ると、彼の声から少しだけ緊張が消えた。
「なるほど、一家で庭師をしているのか。庭師というと、城の敷地に住まいがあるのかな?」
「いっ、いいえ、とんでもございやせん! 家は城下にありやして毎日裏門から通っとります」
恐らく使用人が使うためのものだろうが、城の防御のことを考えれば決して使い勝手のいい通路ではないだろう。
「そうか、それは毎朝大変だな」
「慣れたらそうでもありやせん。それに朝っつっても、食材を納品する連中ほど早くはねぇんでさ。裏門にはちょっとした坂があっていっぺんには入れないんで、職人同士で時間を少しズラすことになっとるんです」
「坂か、確かにそれは混みそうだな」
「へぇ、広さも十分でない上に荷物があると楽な坂ではないんです。それで、前は爺さまも一緒にやっとったんですが、歳のせいかしばらく前に腰を悪うしちまって……」
確かに腰が悪いと坂は見るだけでも辛い、そうでなくとも腰に負担がかかる仕事だ。
たぶん本人は続けたいのだろうが、家族としては無理させたくはないといったところか。
しかし、ようやく口も滑らかになってきたのに家族のことで落ち込むのは止めてくれ。
「ご家族で代々この城の庭を管理しているとは、なかなか誉れ高いことじゃないか。それに君のような跡継ぎが居ればお爺さんも安心だろう」
「いやぁ、ウチだけでやっとるわけではないですし。爺さまにはともかく、親父からはいまだ毎日のように小言をもらっとります」
うん、お世辞が功を奏したな。
青年は照れ隠しに頭を掻きながら嬉しそうに話している。
ここら辺でマイヤーとの関係を一応確認しておくか。
「そうだ。マイヤー殿とは親しいのか?」
「親しいだなんてとんでもねぇ。ただ、あっしがよくあの方の部屋の近くを手入れするもんで。よく、いろんなことを頼まれるんでさ」
「忙しいだろうに大変だな」
「いやぁ、大したこたぁ」
関係なし、と。
あいつ、人に仕事がどうとか言いながら、自分は他の仕事してる奴に普段から雑用させてるのか。まったく。
その後もしばらく取り留めのないない話を続けていたがメイドが戻ってこない。
こんなに時間がかかるなら部屋に用意してある水でもよかったか。
いい加減喉が渇いたなと思う頃になって、ようやくドアをノックする音が聞こえた。
「失礼いたします。あの……あっ」
メイドの言葉は途中で終わる、そしてその先を聞く必要もなかった。
彼女が長らく帰って来れなかったであろう原因が俺の目にも入ったからだ。
神託の巫女であり王女のイリアリア=イーデルベルク、その人が再び俺の部屋を訪れたのである。
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