第10話 ひと息ついて人心地

「ふぅ」

 俺は心を空にするように息を吐くと、ソファーに深く座りゆったりと身体を沈め足を組む。


 状況はあまり良くない。

 王女の言だと召喚は一方通行、送り還す術はない。ところが、国王はあると言い、準備もしばらく時間があれば出来ると言ってのけた。

 彼女が嘘を言っている様子はない。

 その理由も無い。


 つまり、あの時、ご丁寧にも一国の王が一商人のために大勢の前で一芝居打ったということだ。

 この、かなり厳しめの身分制度が残っていそうな社会で。

 俺を黙らせるためでもあっただろうが、よほど残りの勇者たちが大事と見える。

 いや、まぁ王族の中でも国王だけが知っているという可能性も、全くゼロではないだろう。


 しかし、それを確認しようものなら今度こそ確実に命を賭けなければならない。

 そんな勝ちが見えてこない賭けに乗る気も、王に協力するために命を差し出すつもりにもなれないな。


 王の腹積もりを読み解くと、こういうことなのだろう。

 恐らく、奴は再度の召喚の可否を問わず、勇者足り得る力を持った者を用意し俺と挿げ替えるつもりなのだ。

 だから仮に何も行動も起こさずここでのうのうと過ごしていれば……まぁ、処刑宣告を受けた上でのそれはただの自殺志願者だが、脱出に失敗すれば王によって『送り還される』って訳だ。


 誰にも気づかれずに俺を殺せば送還の実績が偽装出来る。

 すると、他の勇者たちはいざとなれば送り返してもらえると分かり士気も上がる。 

 後顧の憂い無く奴らの大義に身を委ねてもらえるということだ。


 王は傲慢で自己中心的だが愚かじゃない。

 いずれ他にも帰りたいと言い出す者が出たとしても、彼らではそう易々と出し抜けないだろう。

 まぁ、無理をしたとはいえ自分が負けたから、あいつらには無理だと思いたいだけかもしれないが。


「ふっ……変な対抗心まで戻ったか。しばらくは慣れそうにないな……他の連中も同じように悩んでいるのだろうか」

 冷静さを失いがちな自分が恥ずかしく、つい自嘲気味に呟いてしまう。

 だが、確かに他の者も実際の年齢が今の年齢と異なる可能性はあるのだ。

 もしかすると、俺なんかより老獪で冷静に状況を見守っていた奴が居たかもしれない。


「俺みたいに服がおかしなことになっていれば分かりやすかったが……って、俺が気にすることじゃないか」

 ……それにしても、やはり代わりを召喚出来ない場合も王にメリットが多い。

 特別な力が無くても勝手知ったる手練れが居れば何かと役に立つことは間違いない。

 しかも勇者と違って替えが利く。

 あと、他の勇者に代わりは呼べないから、とプレッシャーをかけることにもなるか。


 なんだか現状向こうが一方的に得をしている気がして気分がよくないな。

 こっちが辛うじて得たものといえば敵の情報くらいか。

 側近は微妙過ぎるが王は侮れない相手だ。

 隠しきれない傲慢さも悪くなかった。

 権力から来るものなのか生来の性格からなのか、どちらにしても上手く使っている。


 逃げたとしても王は執拗に追いかけて来るだろう。

 王都、いやこの国を出ても簡単には気を抜くことは出来ない。

 王に対抗する力、後ろ盾を早急に手に入れる必要がある。

 とはいえ、目先に迫る危機を無視しては足元をすくわれかねないし、まずは全力で逃亡に取り組むべきか。


「あーあ、命がけの脱出か。久々だけど何も嬉しくないどころか面倒なことこの上ないな」

 自分で蒔いた種だと言ってしまえば、まぁそうかもしれない。

 それに、いくら面倒でも命がかかっている以上、思い通りに始末されてやるつもりも手を抜くつもりも毛頭ない。


「よっと」

 気分転換にソファーから身体を起こし、放り出していたジャケットからスキットルを取りバルコニーへと向かう。

 鍵を開け外へ出る。

 気持ち肌寒くはあるものの気持ちを落ち着かせるには丁度いい。

 手すりにもたれ掛かり蓋を開ける。

 安ものだが呑み慣れたいいウィスキーだ。

 しかし、ビンテージでも数量限定でもないこの酒でも、これを飲み干せば二度と味わうことは出来ない。

 そう思うと一滴ですら零すのが惜しく思え、いつもより慎重に口に含んだ。


「ふぅ……あぁ、これだ」

 味や鼻に抜ける感覚を細部まで感じようと、舌の上で転がし鼻腔に息を漏らす。

 この酒にここまで意識を集中したのは何時振りだろうか。

 いや、初めてかもしれない。

 好きな酒だが街の酒屋を数件回れば必ず置いてあるくらいの酒だ。

 疲れを消したり嫌なことを忘れたりするのにカパカパとよく呷っていた。


「そう思えば、この味をしっかり愉しめているのはここへ連れて来られたから、とも言えるか」

 ふと、感慨に浸ったせいだろうか、ついさっきの王女のことが頭に浮かんでしまった。

「はぁ……少し気分がよくなったらこれだ。余計な事は考えたくないのに」

 彼女は勘付いているのだろう、自分の叔父がしようとしていることを。

 俺にはそう思えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る