第8話 賭けに狂う

「献身的だな、ありがたい話だ。が、決める前に一つだけ聞いておきたいことがある」

「ふむ、決めるも何もまだ結論を出すには早計だと思うが?」

 腹を決めて口を開いたところ、王は俺から何かを察したようにたった一つの質問に対し牽制をしてきた。

 でも、止まるつもりはない。


「そうかもな。だが、結論を出す過程で必要なことだ。やはり今聞いておきたい」

「そうか、なら好きにしろ」

 王の雰囲気が再度変わる。

 どうなっても知らんぞ、と言わんばかりだ。

 ここまでの彼の態度から送還について聞かれたくないのは明らか。


 しかし、その理由が分からない。

 手段が無いからなのか、あるにはあるが彼らにとって都合が悪いからなのか、そのどちらかが分からない。

 その二つには大きな差がある。とてつもなく大きな差が。

 仮にあるのなら、媚びへつらおうと地面に這いつくばろうとも叶えてみせる。

 だが、万が一無ければ……やはりこんな所には一秒たりとも居たくない。

 こいつらの手駒になるなんて真っ平ごめんだ。


「魔王の出現と勇者の召喚に明確な因果関係があるというのなら、それを裏返しに考えて魔王の討伐自体が送還のための要件になるというのも分からなくはない。だが、現状提示された情報ではそうは考え辛い。なぜなら確たる証拠となり得るはずの神託というものは無く、ただ状況から鑑みて出現の可能性が高い、などという曖昧な根拠しか示されていないからだ」

 質問の前に確認を行う。

 認識に齟齬があれば、そうでなくとも反論が来れば新たに情報が手に入るからだ。

「ふむ……それで?」

 反応は無い、か。


 マイヤーという側近の反応から何かを隠しているのは確かだが、やはり何の手札も無しに引き出せるはずもない。

 隠されているのが送還方法の有無とは限らないし、今そこに固執しようとしても無駄なだけ。

 それに、さっきと変わらないだけで無反応という訳じゃない。

 王は聞きたければさっさと聞けというスタンスを取ったまま。つまり、十中八九奴はすでに答えを用意している。


 ……明らかな後手だ。

 望む答えが得られない可能性すらある。

 それでも止まる訳にはいかない。

 危険があろうと行動を起こさないと何も得られない。やらぬ後悔よりやる後悔だ。

 次に答えが得られるチャンスが何時来るか分からないのだから。


「仮にだが、魔王が倒されないと送り返せないというのが単にそちらの都合であるならば、なおの事俺よりも適任な者を呼び直した方がいいはずだ。目的を達成させるには戦力が増える方が確実だろうし、帰れないかも知れないという彼らの不安を取り除くことにもなるからな」

 ストレートには聞かず、あえて少々遠回りな聞き方をした。

 考えられる答えは三つ。


 一番いいのはこの場で送り帰してくれることだ。

 年甲斐もなくおかしな夢を見たと笑い飛ばせもするだろう。

 それどころか、この身体のことを忘れられず健康面を見直すかも知れない。


 次点は、無いと言い切ってくれること。

 奴らが本当に送還方法を知らないのかはともかく、その方法を探るにしてもここから逃れるにしても次の手を考える必要がある。

 俺に対する評価は地面にめり込むだろうが、まず問題は無い。


 問題は最後、あるとは言うが帰してくれない場合だ。

 次点と同様に考えることは多いが、異なるのは奴の思惑に悪意が滲む可能性が大きくなるという点だ。

 早急に効果的な一手を打つ必要がある。


「その方の言う通りだな。事実を曲げたのは勇者に見放されては絶望しかない、そんな我らが抱く恐れから出たものだが。どうしてもああ言うしかなかったのだ、許せ。それで、だな、儀式の準備に少し時がかかるがお前の望み通りにしよう。だが、他の者たちには是非ともこの世界のために力を貸してほしい。頼めるか?」

 しばらく考えを纏めるように黙っていた国王の口から出た答えは最悪だった。

 賭けに負けた。

 それも大負けしたのだ。


 俺は敗者として彼の謝罪にただ頭を下げて応じた。

 そのまま軽く左を窺うと、ある意味で俺よりも哀れな被害者たちが居て、帰れるという選択肢を知り安心した様子で王に向かって頷いている。

 実際に帰るかどうかは別として、彼らにとっても選択肢があるかどうかはやはり重要なことだったのだろう。


「陛下、もちろんです。この世界のため微力を尽くします」

 剣士の宣誓に四人の勇者たちを見渡し満足そうに頷く国王。

 すぐ隣の槍使いは先を越されたのか微妙な顔をしていた。

 まぁ、こいつは全てが終わった後も何の柵もなくここに残るだろうな。

 あとの二人はさっぱり分からない。

 特に神官は丁寧な所作で頭を下げているが良くも悪くも何も感じられん。

 何か腹に隠していそうな気がするが、どう転んでも深く付き合わない相手だ。気にしても仕方ないだろう。


「では、これまでにしよう」

「陛下、まだいくつかすべき事がございますが……」

「些事であろう。別に今ここで必ずせねばならん訳ではないはずだ。少々長引いた故、後日済ませておけ。皆の者、今日のところはゆるりと休むがよい」

 側近はそれ以上食い下がることはなく、広間には王を称える言葉と四人の勇者を祝う言葉が溢れかえった。

 王家の者たちが下がった後、俺は退出する四人の後ろを進んだが、俺に目を向ける者はもう誰も居なかった。

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