第7話 話をしよう
「ふん、矛盾などしていない。平民ごときでは理解できないのも仕方のないことだろうからもう一度だけ言ってやる。先ほどにも述べた通り、勇者には力を制御するための鍛錬の時間が必要なのだ。力を持て余すようでは勝てるものも勝てないからな。だから魔王が現れる前に召喚出来るのは十分理に適っている」
おぉ、平民ごときと来たか、商人と言っただけで下に見てくるとは。
俺が高貴な身の上でないことは言うまでもないが、身分の蔑視がここまでとは恐れ入る。
じゃあ仕方がない。
平民の俺には少々おこがましいことではあるが、このお貴族さまを少し苛めさせて頂こう。
「そうかな。明日いきなり出現するかもしれないはずだったが、鍛錬のための時間があるというのは悠長に過ぎると思うが。彼らの鍛錬にかかる時間も魔王が現れるまでの時間も未知数でどうやって計算するんだろうな。いや、まさか魔王討伐にお話の台本でもあるかのように敵が律儀に待ってくれるとは言わないだろうな?」
いつか分からないとはそういう事だろうに、なんと、偉そうなお貴族さまの顔にほんのわずかだが変化があった。
おいおい、そんな簡単に表情に出すとは貴族様が聞いて呆れる。
……いや待て、これは違う。
さすがに言葉遊びに動揺したのでは無いな。
表情と言っても目の当たりが少し引き攣ったに過ぎないし。
んー……なんだか妙な感触だな。
奴のこの感じ、何かあるのは間違いないが……いや、この違和感は一度置いておこう。
俺の目的に関係があるかは不明だし、なにより何処が奴に効いたのかも分からないからな。
「はっ、話の腰を折って出るのがその程度の疑問か。そのくらいの時間は常備軍でも稼げる。魔王が現れてもすぐに討伐に向かう訳ではない。お前如きでは分からんのも無理はないがそんな簡単な話ではないのだよ。いいか、予兆はすでにある。ここで神託を待って後手に回ることもない。勇者に求めるのは魔王を倒す決定力なのだ。故に、魔王が現れる前に召喚出来るし、鍛え上げる必要もあるのだ。全て理に適っている」
「そうか、ご丁寧に説明をどうも。でもな、聞きたいのは魔王の討伐と我々を送り返すための要件の関連性だ。勇者の召喚に関する整合性じゃない」
俺を鼻で笑った奴は自分の論理の正当性を主張してくれたが、どうも王の冷たい視線を見るに余計なことをしゃべってしまっているのだろう。
だが、奴が話していることにも興味はない。
俺の知りたいこととはベクトルが少しズレている。
「貴様が言いがかりをつけてきたからだろうが!」
「そっちが勝手に論点をズラしたんだ。ほら、さっさと答えてもらおうか」
「なん、だと……貴様っ!」
「マイヤー、そこまでにしておけ」
「くっ……申し訳、ございません」
奴は憤怒の表情で睨んでくるも王の言葉が効いているのか、それ以上は口を開こうとしなかった。
にしても、王の側近といってもこんなものなのか。
見たところまだ若いし荒削りなのも頷けるが、どうもお粗末に過ぎるな。
王もやれやれといった具合に口を開く。
「なぜそこまで元の世界に帰ることに拘る。言っておくがこれまでの勇者たちは誰一人として元の世界には戻って居らんぞ?」
その声は先ほどまでの口調とは打って変わって穏やかなもの。
王の変わりように嫌な感触を抱きつつも返す刀で切り返す。
「戦いの中で全員死んだということか?」
「ふっ、そういう意味ではない。古のことは記録に無い故確証は出来ぬが、幸いなことに記録にある限り魔王との戦いで死んだ者は居らん」
全員死んだか、という俺の言葉にギョッとしていた槍使いのエルバートが胸を撫でおろす。どうにも人間臭くて面白い奴だ。
「が、過去は過去に過ぎん。決して諸君らの安全を保障するものではない。慢心せず各々の素晴らしい未来のためにも励むのがよいだろう」
王も同じように見たらしく、微笑まし気に彼を見るとしっかりと釘を刺した。
「素晴らしい未来ね。戦死でないとなると、それが戻らない理由ということでいいのか?」
「そうだ。世界を救った勇者を無下に扱う者は居らんぞ。このマイヤーも勇者の血を引くものの一人だ」
さぞ誉れ高いことなのだろう。
奴は胸を張り王に一礼すると、俺に向かって顎を上げて口元に笑みを浮かべ見下してきた。
何が彼の自信になっているのか俺には全くもって理解できないが、まぁいい。
やはり問題なのは態度を一変させて俺を懐柔しようとしている王の方だ。
どうにかして流れをこっちに戻したいが、下手を打てば身動きが取れなくなりかねない。
ここは無理をする時じゃない。大人しくタイミングを待とう。
「お前は自分を商人だと言っていたな。魔物が存在せぬ平和な世界から来た」
「あぁその通りだ」
「うむ、にわかには信じられんし本当ならば羨ましい限りだ。もしそのような世界があるのなら王位と引き換えにしても行ってみたいものだ」
そんな王の言葉に小さく騒めく家臣に彼は鼻で笑って手を振り冗談だと示す。
「しかしな、どんな世界から来たのだとしても今お主はこの世界に居る。たとえ力無き商人だろうと勇者に選ばれて、な。つまりは何らかの力が与えられている可能性があるわけだ」
想像もつかないが彼らには勇者の力こそが利用価値なのだ。
目を逸らしたかったがそう甘くはないか。
「なるほど、確かに一理ある。魔法などというものに無縁な俺には想像もつかないが、可能性はゼロではなさそうだ」
即座に否定はしない。いや、出来なかった。
変に固執しているという印象を持たれては余計面倒になる。
俺の意見に賛同する家臣が居た中でそのことを再認識させるあたり、やはりこの男ただ傲慢な愚か者ではない。
俺の腹の底まで解しているとは思えないが、ひとまず思惑は潰しておこうというところだろう。
「うむ、その力をもって世界に平和をもたらせば望みは意のままよ、もちろんこれは皆に言えることだぞ。この儂が保証する」
王の言葉に勇者たちは頭を下げる。
中でもエルバートは小さく拳を握り締めて緩む口元を抑えるのに必死だ。
いい奴そうだが人に騙されないか見ていて不安になる。
「どうだ、利に敏い商人には見過ごせる話ではあるまい?」
「確かに。だが、己の分は弁えている。その上、命がかかっているとなれば慎重になるのも人間の性だ」
「そうだな、そのために鍛錬が重要になる。そして勇者の勝利は我らの勝利だ」
「ぜひ聞いておきたいな。勝利とはなんだ?」
「うむ、我らにとっての勝利は魔王を倒し、次の復活までの平和を手にすることだ」
「なるほど、我々の生き死にはどうでもいいと」
「そうは言っておらん。ぜひとも皆で勝利を分かち合いたいと思っておる。あぁ、先ほど言っておったな。鍛錬の時間を敵が待ってくれるとでも、だったか」
「あぁ」
「その時間を稼げと言われれば喜んでそうしよう。勝利のためなら喜んで血を流そう。我らに協力を惜しむつもりはない。世界の命運がかかっておるのだからな」
俺を咎めた時と打って変わって別人のようだ。
だが、変わってないものが一つ。
それは彼の目だ。
勇者という存在が自分たちを救うと持ち上げておきながら、その瞳からは敬意など微塵も感じられない。
おそらく扱いやすいか否かの差しかない、ただの道具としか思っていないだろう。
要は自分たちの、いや、自分の思い通りになるならいい顔で付き合ってやる、そんなとこか。
だが、そうはいかない。
そう易々と受け入れられたなら、今の『俺』は存在してないのだから。
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